花葬迷宮
2011-03-17T00:06:06+09:00
kawa-75
カソウメイキュウ。
Excite Blog
目次
http://ichituki.exblog.jp/15924344/
2011-03-16T12:42:00+09:00
2011-03-16T13:13:07+09:00
2011-02-15T19:37:39+09:00
kawa-75
目次
ギアテック社が開発した、世界初のダイブ型オンラインゲーム。
《現実》と比べても”ほぼ”遜色のない《この世界》はあまりにリアルにすぎ、流血表現にとある規制がかけられた。今では、この規制こそが、この《ゲーム》特徴づける大きな要因ともなっている。
なにしろ、《この世界》では、吹き出る血の代わりに、花びらが宙を舞うのだ──。
カレイド-01
カレイド-02
カレイド-03
シーム-01
シーム-02
シーム-03
シーム-04
シーム-05
タスク-01
人物紹介
用語解説]]>
タスク-01
http://ichituki.exblog.jp/16061420/
2011-03-16T12:37:00+09:00
2011-03-17T00:06:06+09:00
2011-03-16T12:37:45+09:00
kawa-75
タスク
1
「気に食わないわね」
突如耳に飛び込んできたその声に、露城鍵太郎は書類チェックの手を止めて、顔を上げた。視線を向けると、彼の(学園内の制度上の)上司たる少女が、整った眉をわずかにひそめながら、不機嫌そうな表情で一枚の紙をにらみつけている。
「会長、なにか?」
「気に食わない、と言ったの」
叩きつけるように、手にしていた紙を鍵太郎に投げてよこす。その用紙に視線を落として、なるほど、と鍵太郎は一人ごちた。
「『7月祭出展参加仮申請書』、第二読書部、ですか」
「あの男、しれっとこんなものよこしてきて。困った顔のひとつでも見せれば、少しは溜飲も下がるというのに」
心底不満そうな表情で言う少女に、鍵太郎は思わず苦笑した。
彼女の名前は、八重坂六菓という。泉城学園生徒会執行部の主にして、地域一円の名家の一、八重坂家の令嬢。ゆるやかにウェーブのかかった長髪と、日本人離れした端正な容姿は、10人男がいれば9人が美女、美少女と答えるだろう。(残りの1人は、まあ、世の中には変わり者もいるので)
「企画内容は……喫茶の類、とありますね。飲食関係ということですか」
7月祭は秋に行われる清泉祭(学園祭)と違い、出展はクラスや部活といった括りではなく、「有志のグループ」によって行われる。(といっても、普段の生徒間の横の繋がりから、各部活はそのまま部活単位で出展申請される場合が多いのだが)そのためにふざけ半分で申請されたような雑多なものが集まりやすく、仮申請という形で一度「ふるい」にかけられる、そういうシステムになっている。
「その類(たぐい)という一文字に、あの男らしい狡猾さを感じるわ」
「たしかに、どうとでも取れる書き方ではありますね」
「露城」
澄んだよく通る声で名を呼ばれ、鍵太郎は内心でため息をついた。眉目秀麗、文武両道、家柄まで揃ったこの少女に欠点めいたものがあるとすれば、それは特定の人物に対する異常なまでの執着と、その鮮烈なまでの不遜さにあるだろう。(ある意味、それは長所でもあるかもしれないが)
鍵太郎は、泉城学園の高等部に進学するまで、委員会や部活といったものに属したことはなかった。体格もよく、運動神経にもすぐれた鍵太郎は、体育会系の部活を中心に常に引く手あまただったが、どうにも組織・集団に縛られるということが苦手だったのだ。といってもさほど深刻なものではなく、部活特有の上下関係や面倒な人間関係に悩まされるより、幼なじみの市ノ瀬つぐみや、恋人の桂美早とつるんでいるほうが気楽だ、という程度の理由なのだが。
そんな鍵太郎の信念とも言えない信念を、高校であっさりと覆したのが、目の前の少女、八重坂六菓だった。新入生獲得戦が白熱する4月のとある日、ふと自分を目に止めた彼女(入学式での壇上の挨拶で、鍵太郎は彼女のことは当然見知っていたが、彼女にとって自分は初対面のはずだ)は、開口一番こう言ったのだ。
『園生会の人手が不足しているの。庶務の席が空いているから、貴方、今日から私の下で働きなさい』
自分が断る可能性など露ほども考えていない、そんな自信に満ちた表情で。
そして、その日からなしくずしに(本当になしくずしに!)生徒会執行部の一員として、鍵太郎は今日も雑務をこなしている。(なぜあのとき、勢いに流されてうなずいてしまったのか、今でも鍵太郎は自問自答しているが)
「貴方は、あの男の腹心の──なんといったかしら、そう、市ノ瀬。彼と懇意なのでしょう? その伝手で、あの男が何を企んでいるのか、その尻尾くらいは掴んではいないの?」
「いえ、具体的なことは何も。まあ手伝えることがあれば手伝おうくらいには思っていましたが」
鍵太郎の言葉に、六菓は目を丸くすると、声色に不機嫌さをさらに滲ませて、
「露城」
もう一度名を呼んだ。
「はい」
「あの男と、その一党に手を貸すことは、生徒会長の厳命を持って禁じます。良いですね?」
「いえ、それは……」
「──良いですね?」
「……はい」
ため息混じりに、鍵太郎はうなずいた。こうなると会長は長い。これさえなければ、八重坂六菓は泉城学園史に残る名会長と即答できる、実力もカリスマも備えた少女なのだが。
まあ、裏からこっそりと手を回してやるくらいはいいだろう。どっちにしろ、執行部(こっち)はこっちで、忙しくなるわけだしな。
2
「……とまあ、そんなことがあったわけよ」
帰り道、ぼやき混じりにそう言う鍵太郎の話に、僕は深く息をついた。時森先輩と八重坂会長の「不仲」は有名だが、どちらかというと会長が時森先輩を一方的に敵視していて、むしろ時森先輩はそんな会長のリアクションを楽しんでいるふしがある。それがまた、会長の怒りに火を注いでいるような気がするんだけど。
「しかしなんでまた、うちの会長はそっちの部長のことを、あんなに敵視しているのかね」
まるで中間管理職のような疲れた笑みを浮かべながら、鍵太郎はなおもぼやいた。スポーツマン然としてる外見からはちょっと想像がつかないが、鍵太郎は生徒会執行部の一員なのだ。といっても選挙で選ばれる副会長、書記、会計といった役職ではなく、執行部設立後、会長から指名される補充人員である、「庶務」という肩書きなのだけど。いつだったか、具体的にどんな役どころなのか鍵太郎に一度聞いてみたところ、
『なに、文字通りただの雑用係さ』
とのことらしい。
「さあ……。先輩の話だと、二人はずいぶんと長い付き合いみたいだけど。それこそ『おしめの頃からの顔見知り』って言ってたし」
へぇ、じゃあ俺たちみたいなもんか、と鍵太郎は返した。ちなみに、もう一人の幼馴染であるところの美早は、なんでもお姉さんとの約束があるとかで、ダッシュで帰ってしまった。天澤さんも今日は学校を休んでいるから(季節外れの風邪らしい。大事でないといいんだけど)、鍵太郎と二人で下校するというのも、ずいぶんと久しぶりだ。
「そりゃそうと」
ふと思い出したように、鍵太郎が立ち止まる。
「昨日は悪かったな。ドジ踏んじまってよ」
《ネームド》にやられたことを、まだ気にしているのだろう、鍵太郎の声には、ほんの少し口惜しさが滲んでいる。
「気にすることないよ。僕だってほとんど棒立ちだったんだ。じっさい、シズとクイ、それにカナリの3人で仕留めたようなものだよね」
苦笑まじりに僕は答える。シズは「ツグミさんが弱点に気づいて、作戦を立ててくれたからこそ」なんて僕を立ててくれてたけど、僕の無茶な要求を実行したのは、全てあの二人とカナリだ。そう思うと、ちょっと自分が情けなくなる。後衛だからって甘えてはいられないな。もう少し精進しないと。
「たしかに、ずいぶんと出来る奴らだったよな」
「だね」
「……で、お前はどう思ってるんだ?」
※
「お願いがあるんです」
《一本腕》を倒し、安全エリアへと戻ったあと、少しクイと二人で話し込んでいたシズは、僕らの方に戻ってきて、開口一番にそう言った。
「お願い?」
「はい。私たちを、ツグミさんのクランに入れてもらえませんか?」
突然の申し出に、僕とツユギは目を丸くして、お互いを見やった。カナリは、相変わらず少し眠そうな目で、そんな僕らを見やっている。
「ええと、理由を訊いてもいい?」
はい、と礼儀正しく、シズは答えた。
「私たちは《ゲーム》の開始からずっと、二人だけでやってきました。それはそれで、楽しかったんです。あまり危険なところには立ち寄らないで、適正レベルよりも少し下の狩場を選んでいれば、二人でも十分やっていけたので」
でも、と少しはにかむような仕草を見せて、シズはじっと僕たちの方を見やった。
「今日、思ったんです。ツグミさんたちと一緒なら、もっと大きなことが出来るんだなって。私たちが今まで見過ごしてきた、もっともっと、ワクワクするような、大きなことが。そう考えると、すごくもったいないなって思ったんです。せっかく、こんな《世界》に、足を踏み入れることができたんですから」
思い切り楽しまなければ、損ですよね、とシズは笑った。
「一応、クランマスターは僕ということになってるんだけど」
その笑顔に引き込まれるような感覚をおぼえながら、僕はぽりぽりと頬を掻いた。ツユギを見、カナリを見、んん、と咳をする。
「僕の一存では決められない。皆の意見を聞かないと」
「わたしは構わない」
即答したのはカナリだった。普段の彼女らしからぬ決断の早さに驚いていると、これまた驚いたことに、口数の少ない彼女がさらに言葉を継いだ。
「わたしも、今日は楽しかった。これまでも楽しかったけど、今日はもっと楽しかった。だから、わたしは賛成」
「俺も異論はないね。元々前衛はもう少し厚くした方がいいと思ってたところだ」
続いて、ツユギも賛意をしめす。
ふと、クイと目が合った。少し不機嫌そうな表情を浮かべて、クイは目を逸らす。
「シズが言い出したことだ。僕はそれほど乗り気じゃない」
「もう、クイ」
困ったように、シズが駆け寄る。プライドの高そうな彼のことだ、心中複雑な思いがあるのだろう。
「──だけど、今日は充実していた。たぶん、今まで《ゲーム》をプレイしてきた中で、おそらく一番。それは認める」
それはすなわち、これからも充実した時間を過ごしたい。だから仲間になってやってもいい、と、そういう言葉が裏に隠れているのだろうか。クイはまた僕と視線が合っていることに気づくと、ふいっと顔をそむけた。なんだろう、嫌われているのかな。
「分かった。でも答えは保留させてくれるかな。そんな長い時間じゃないよ。1日か、それとも2日くらいだと思う。ここにいないクランメンバーがもう一人いて──ノイズというんだけど──彼女の意見も聞かなければいけないから」
その返答は予期していたのだろう、「お待ちしています」とシズは深々と頭を下げた。
※
「僕自身は、賛成だよ」
期待と不安の入り混じった、あの時のシズの表情を思い出しながらそう返すと、鍵太郎は納得したようにうなずいた。元々、クランは最大6人で構成できるシステムだ。もちろん、経験値は人数での頭割りなので、メンバーが増えるほど効率が悪くなるが、要はそれ以上に殲滅速度が上がれば、また層が厚くなることによってデスペナの危険度が下がれば、じゅうぶん元は取れると言える。
元々、僕ら4人で構成される1-1-2、あるいは2-2というフォーメーションは、少し無理があった。いや、今までは悪くないバランスだったかもしれない。でも、モンスターの攻勢がいっそう激しくなることが予想される中層階以降は、少し運用しづらくなっていくだろう。前者のフォーメーションは前衛の薄さが、後者は中衛の不在がネックとなって。特に、前衛によるモンスターの討ちもらしが、致命的な結果に直結する状況においては。
そして、その問題は、クイとシズが前衛、あるいは中衛を補強してくれることによって改善される。少しDEFが低いのがネックだが、クイは前衛・中衛とマルチな活躍が期待できるし、シズはなかなかトリッキーな存在だが(あのキャラ育成でどこまで潜っていけるのか、それはそれで気になるところだ)、遊撃的なポジションに据えてもいいし、ろくなスカウトスキル保持者のいない我がクランでは、貴重な存在になるはずだ。
「とまあ、ここまでが損得の話」
そう前置きして、僕は続ける。
「実は、僕もシズやカナリと同じなんだ。正直、ダメだと思ってた。あんな化け物、今の僕たちじゃなんとかなるはずもないって。でも、やれたんだ。ほとんど、シズとクイの力だったかもしれないけど、ダメだと思ってたことが、やれたんだ。そして、あの子たちと一緒なら、もっとすごいことができるかもしれない」
「となると」
僕の返答に鍵太郎は満足したような笑みを浮かべて、呟いた。
「後はノイズしだいってことか」]]>
シーム-05
http://ichituki.exblog.jp/15923240/
2011-02-15T15:02:00+09:00
2011-03-16T14:45:29+09:00
2011-02-15T15:02:55+09:00
kawa-75
シーム
ものすごく原始的に考えれば、「巨大であること」は「強いこと」と同義だ。威容(異様)という表現がしっくり来る《一本腕》の体躯を遠目に見ながら、僕はそんなことを思った。
今までのエリアで戦ってきた敵──リザードマンにしろ、ハーピーにしろ、オークにしろ──は、巨大なものでも、せいぜいが2メートルを越えるくらいだったろう。しかし、《一本腕》は違う。直立した状態でゆうに4メートル近くはあるだろうし、胴回りもまるでずんぐりとした重機を思わせるように太く、がっしりとしている。
事実、その体皮はまるで岩のように硬い。クイやツユギの一撃も、カナリが何発も《炎の矢》を射ち込んでも、防ごうとする仕草さえ見せない。まるでダメージを与えていないということはさすがにないだろうが、表面上は毛ほどにも感じていないようだ。さすが《ネームド》と呼ばれるだけあって、DEFもMDEF(魔法抵抗)も、尋常なレベルではないのだろう。
「野郎、蚊にでも刺されたような顔してやがる」
ツユギの声にも、苦渋めいた響きが混じる。まだ決定的な一撃を食らっていないとはいえ、前衛として《一本腕》のプレッシャーを間近で受けているのだ。僕の《大地の守り》でDEFを底上げしてはいるが、ゾーンボスと謳われる《ネームド》の一撃の前に、どれだけの効果があるかは怪しい。
「大きいの、もう少し距離を取れ。シズを狙って隙を見せたタイミングを狙うんだ」
クイの指示が飛ぶ。そう、救いがあるとすれば、《一本腕》は見た目通りの鈍重なモンスターであることだろう。じっさい、最前衛のシズはその長大な右腕の一撃一撃を、まるで蝶のようにひらひらとかわしている。そして、奴の弱点をもうひとつ付け加えるなら、左腕がないがゆえに、攻撃の起点があの長大な右腕からしかないことだ。だから攻撃の出どころが読みやすく、また次のアクションに移るときは、その長大さがネックとなって、あからさまに隙が出来る。あの異常なリーチこそが、逆に短所でもあるのだ。クイは、そこにこそ付け入る隙があると考えているのだろう。
「言われなくても──」
再度「大きいの」呼ばわりされたツユギが、シズを狙って右腕を振り下ろした《一本腕》の左側に回りこみ、その脇腹に渾身の力を込めて長槍を突き入れた。ごぶり、と分厚い肉をつらぬく不快な音がする。
「ち、硬ぇ──」
「鍵太郎!」
あまりの体皮の重厚さにツユギが顔をしかめたそのせつな、《一本腕》が咆哮とともに右腕を横に薙ぎ払った。分厚い肉に阻まれて、槍を抜けずにいたツユギの回避が一瞬遅れ、その一撃をまともに食らう。まるでピンポン玉が飛んでいくように、いっそコミカルといえるほどの勢いで、ツユギの長身が跳ね飛ばされる。
「ツユギ……」
めったに口を開かないカナリが、僕の後ろで戸惑ったような声をあげた。僕はあわてて《癒しの砂》の魔法式を組み上げようとして──唇を噛んで右手を下ろした。ツユギのHPのゲージが0になっている。つまり、死んだのだ。ただの一撃で。
「──なっ──」
突然の事態にクイはその端正な顔をしかめ、バックステップで《一本腕》から距離を取った。僕らの中で最も、HP、DEFともに高いツユギを、一撃で殺してしまうほどの攻撃力は、さすがに想定外だったのだろう。あの鈍重さ、命中率の低さでバランスを取っているのかもしれないが、それにしてもピーキーにすぎる。
(すまねぇ、ドジっちまった。すぐ戻る──)
ツユギの口惜しそうな「ささやき」が耳を打つ。だが戻るといっても、死に戻り先の安全エリアからこの「首切り場」まで、最短ルートで走っても4、5分はかかるだろう。前衛を一人欠いたこの状況で、はたしてその5分を耐えることが出来るだろうか。幸い、あの機動力の低さであれば、距離を取りつつ時間を稼ぐことも出来るだろうが──
「……クイ」
同じように距離を取ったシズが、クイの横顔を心配そうに見やる。判断を仰いでいるのだろう。レアアイテムをドロップする可能性を捨てるのは惜しいが、なにも《一本腕》はイベント進行上、どうしても倒さねばならない敵というわけではない。じゅうぶんに距離を取ったあとログアウトし、ほとぼりが冷めた頃に戻ってきて、通常のオークを狩りつつ「包丁」のドロップを待てばいいだけの話だ。むしろ、LIFEの減少を考えれば、この状況ではそれが最も良策であるといえるだろう。
シズの無言の問いかけにクイは一瞬目を細めると、ちらり、となぜか僕の方に視線を向けた。そして決意を込めた表情で、《一本腕》に向き直る。
「いや、奴は絶対にここで狩る」
そう言って、一歩を踏み出した。そんなクイにシズは優しげな笑みを浮かべると、再び囮になるべく、前傾姿勢のまま一直線に《一本腕》に向かって突っ込んでゆく。
「お前たちはもう退避してくれ。ログアウトの時間は稼いで見せる。すまなかった。これは元々僕らの問題──」
「──冗談!」
ふと、その全身を淡い光が包み、クイは驚いた表情で僕を見やった。《癒しの砂》を捨て、魔法式を組みなおした僕の《湧き出る力》が発動したのだ。どうせ一撃を食らったら死ぬのだ、もはやDEFの向上に意味はない。ならインファイトよろしく、シンプルにATKを上げるのが、冴えたやり方のはずだ。
「お前……」
「お前じゃなくて、ツグミだよ。こっちはカナリ。LIFEが減ることを考えたらたしかに惜しいけど、そうなるとまだ決まったわけじゃない。むしろ、こんな燃えるシチュエーションで尻尾巻いて逃げたら、後でノイズにどやされるに決まってる。そのほうが嫌だよ」
同意、とばかりにカナリも口元をきゅっと引き結ぶと、素早く魔法式を組み始める。せめてツユギが戻ってくる時間くらいは粘らないと。後衛の僕が言うのもなんだけど、見せ場は残してやらないとね。
「……すまない」
そんな僕ら二人を横目に、クイは一瞬なにか言いたげな表情を見せたが、それを飲み込んだように、ぽつりとその一言だけを呟いた。
9
カナリの詠唱とともに、空中に浮かんだ四つの赤い光点が、矢となって《一本腕》に撃ち込まれた。《炎の矢》は最大4つまで発動させずにホールドさせることが出来、それを応用すれば(準備に相応の時間がかかるが)今カナリがしたように、同時に四発撃つことも可能だ。《炎の渦》では戦術上《一本腕》に肉薄せざるをえないシズを巻き込む恐れがあるのと、ツユギが前衛から一時撤退したことで、味方を誤射する可能性も低くなったとカナリは判断したのだろう。ホールド後の次弾の詠唱は起動部分を省略できるので、たしかに4回個別に撃つよりは効率が良い。
さすがに小うるさく感じたのか、顔面に飛来した《炎の矢》のひとつを、《一本腕》が分厚い二の腕を持ち上げて弾く。瞬間、がら空きになった胴にシズが切り込み、双剣をひらめかせて目にも留まらぬ乱撃を加えた。灰黒がかった花びらが《一本腕》の腹から舞い散り、わずかに苦悶の混じったような咆哮を洩らす。そして、痛みと怒りにまかせたような大ぶりの一撃を、今度は《一本腕》がシズに見舞おうとした。もちろん、回避にすぐれたシズのことだ。振り下ろされた《一本腕》の一撃を彼女は鮮やかなステップでかわした──
──かに見えた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
気がつくと、僕のすぐ目の前で、シズが仰向けに倒れていた。
「シズ!」
幸い、シズのHPゲージは1/3ほど削られただけだった。戸惑いに耳と尻尾をぴくぴくさせながら、素早くシズが身を起こす。何が起きたというのだろう。たしかに、シズは攻撃を回避したはずなのに。《一本腕》が地面に右腕を叩きつけたその瞬間、紙のように跳ね飛ばされたのだ。
「風圧にもダメージ判定があるのか?」
シズに追撃させないように自分に注意を引き付けながら、クイが呟いた。いや、先ほどまでそんな効果はなかったはずだ。ある程度ダメージを与えて、《一本腕》の攻撃方法が変化したというのだろうか。先ほどのシズを見る限りでは、ダメージ判定だけでなく、《ふっ飛ばし》の効果もあるようだ。下手をすれば簡単にフォーメーションを崩され、力攻めをされて全滅せざるをえない。
詰まった。シズが囮になって隙を作り、そこにクイとカナリが攻撃をくわえ、僕が後方支援をすることで、長期戦に持ち込んでツユギの帰還を待ちつつ、徐々にHPを削っていく戦術が、これで崩された。《一本腕》の攻撃範囲が広がったことで、シズは今まで以上に距離を取るほかなく、そうなると彼女の持ち味はまるで生かせない。かといって、まともに正面から戦えば容易に力負けしてしまうことは、ツユギが証明している。ちくしょう、このままチェックメイトか。
いや待て、冷静になって考えろ。
ここは中級レベルの狩場で、僕らのレベルはここで狩りをするのにまず適正といえる。いくら出現率がレアな《ネームド》とはいえ、適正(20前後)レベルの冒険者では何も打つ手がないということがあるだろうか。攻略の切り口を変えてみることで、活路が開けるような、そういうバランス設定にされてはいないだろうか。もちろん、ただの無理ゲーという落ちもあるだろう。だけど今は、運営の良心(バランス感覚)を信じて、賭けてみるしかない。攻撃が(プレイヤー側からみて)左方向に偏りがちであること、比較的動作が鈍重であること、それ以外に、なにかまだ、奴の弱点がないだろうか。
そして、その光景が目に飛び込んできた瞬間、僕の頭の中で火花が散った。頭部を狙ったカナリの《炎の矢》を、のけぞるようにして《一本腕》がかわしたのだ。胴体や下半身に攻撃が集中していたときは、まるで無頓着だったのに。
「頭だ!」
はたと気がついて、僕は無我夢中に叫んでいた。
「奴の弱点って、たぶん頭なんだよ。きっと、他の部分よりずっとダメージが通りやすいんだ。だから、頭部への攻撃だけは防ごうとしているんだ」
僕の言葉にクイは目を見開いて、そして得心が行ったようにうなずいた。
「だがどうする? 一撃を加えるにしても、打点が高すぎる。《炎の矢》だけではいかんせん火力不足だ。なにか打つ手はあるのか?」
「それは──」
4メートル超の《一本腕》の巨躯を遠目に、僕は言葉を詰まらせた。たしかに、物理的な攻撃をくわえるには、リーチが足りなすぎる。クイの言う通り、攻撃を通す手段はカナリの《炎の矢》くらいだが、《ネームド》を絶命させるには威力不足と言わざるをえないし、防御を固められたら、いずれAPが尽きてそこで詰みだ。
考えろ、と僕は短刀を握る拳に力を込めた。どうする? どんな方法がある? こちらからは距離を詰めようがない。なら逆はどうだ? ヤツのほうから、距離を詰めさせる方法はないか?
瞬間、もう一度僕の頭の中で火花が散った。リスキーな方法だけど、これなら──
「シズ、次のタイミングでクイとポジションをスイッチできる?」
僕の言葉にシズは一瞬きょとんとしたような表情をすると、すぐに意図を察してくれたのか、ふっと微笑んで、うなずきを返した。ごめん、危険だけど、特攻役は身軽な君にしか頼めないんだ。
「カナリは出来るだけ多くの手数で、もう一度頭部に向かって《炎の矢》を。《一本腕》が腕を持ち上げて防ごうとするように、打点はなるべく低めで。空いたふところに、クイは飛び込んで。攻撃のことは考えず、奴が反応したらすぐに退避するんだ。あとはシズ、君が──」
それだけで、クイも全てを理解したようだった。「やれるのか?」という表情でシズを見やる。「やれます」という自信を笑顔にひらめかせて、シズが答えた。もこもこした両耳が、高揚したようにピン、と縦に伸びる。
女の子がここまで言ってくれてるんだ、僕も腹をくくるしかない。
「ツグミさん、援護をお願いできますか?」
「まかされた!」
すぐさま、僕は組み上げていた《湧き出る力》をシズに向かって発動させる。そして走り出したクイとシズの二人が、《一本腕》の数メートル前で交差するように立ち位置を入れ替えた。
「カナリさん!」
シズの声と、カナリの《炎の矢》が《一本腕》の顔面に吸い込まれるように撃ち込まれたのは、ほぼ同時だった。二人の動きに気をとられていた《一本腕》はその一撃をまともに食らい、苦悶の声を上げながら大きく上体をのけぞらせる。続けて二の矢、三の矢。たまらずに長大な右手を持ち上げて、《一本腕》がカナリの攻撃を防ごうとする。
そのふところに、一気に距離を詰めたクイが飛び込んだ。カナリの《炎の矢》で執拗に顔面を狙われた《一本腕》は、怒りの雄たけびを上げて、クイを叩き潰そうと右手を振り上げた。
《一本腕》が丸太のような腕をクイごと地面に叩きつけようとする、まさにその瞬間が、僕らの狙っていたタイミングだった。バックステップで素早く距離を取ったクイが(一撃を入れようとしていたら、風圧のダメージ判定内に巻き込まれていただろう)、返す刀で一気に飛び込み、《一本腕》の右手を地面に縫い付けるように、全体重をかけて片手剣を突き通したのだ。
次の瞬間、地面に突き通された《一本腕》の手の甲、間接のあたり、そして二の腕の部分を、まるでステップを踏むようにシズが駆け上がった。自分の体を駆け上りながら肉薄するシズを認めて、獰猛な猪めいた《一本腕》の顔が驚愕に歪み、威嚇の声を上げようとする口に、シズの双剣が刺しこまれる。くぐもった悲鳴をよそに、そのままシズはそのまま両手を左右に交差させた。後はもう(すさまじい速度のはずなのに)、スローモーションを見ているようだった。クイとシズを振り払おうと最後のあがきを見せる《一本腕》の頭部を、文字通りシズが切り刻んだのだ。右から、左から、また右から。まるで舞踏のように流麗に。吹き出る灰黒い花びらに身を委ねながら。
そして、ついに、どう、と《一本腕》の巨体が前のめりに地面に倒れ伏した。
シズはまるで軽業師のようにその巨体を踏み台にして蜻蛉を切ると、僕たちの方に振り返って、大量の花びらと化した《一本腕》を背に、はにかんだような笑みを浮かべた。
ごめん、鍵太郎。どうやら見せ場は全部、この子に持っていかれたみたいだ。]]>
シーム-04
http://ichituki.exblog.jp/6472579/
2007-07-10T22:31:00+09:00
2008-02-17T11:33:46+09:00
2007-07-10T22:31:58+09:00
kawa-75
シーム
6
《ゲーム》の舞台となる《迷宮》はいわゆる多層型のダンジョンで、B1F~B5Fまでを第一階層、B6F~B10Fまでを第二階層……というように、5階刻みで階層が分かれている。(何層まで存在するのかは公式でも明らかにされていないが、ユーザーの間では第五階層、B24Fまでの存在が確認されているらしい)もちろんこの手のゲームのセオリー通り、階を下るごとにモンスターが強くなっていくわけだが、B5FからB6Fのように層が変わる場合はその彼我も顕著になるようだ。
僕らは今、シズの先導でその第三階層のB11Fを駆けている。潅木や湖沼といった緑や水が目立った第二階層に比べ、第三階層は岩場や砂地といったいわゆる《荒地》を主体に構成されているらしく、ダンジョンを照らす魔法光もどこか荒涼としていてそれらしい。僕らは本格的にこの層に足を踏み入れるのは初めてといってもいいのだが、シズはちょうどこのあたりが適正レベルなのだろう、走り慣れた道を進むように迷うことなく僕らを先導していく。
《オークの首切り場》と呼ばれるB11F北奥の一帯に、オークの集落があり、そこに仲間がひとり取り残されている──というのがシズが求める”助け”だった。シズはその仲間と二人でクランを組み、今はこの第三階層を中心に活動していたらしいのだが、その過程で受けたオーク関連のミッションが想像以上に難儀で(「オークの肉切り包丁を入手せよ」というミッションで、一定以上の確率でオークが落とすのだが、出ないときはとことん出ないアイテムらしい)、そうこうしている間にオークの集団に囲まれてシズは死亡、もうひとりの仲間はオークの群れの中で孤立してしまっているというのだ。なら最悪死に戻りをすればいいじゃないかといえば、そう簡単に出来ない事情がある。それが、LIFEというパラメータの存在だ。
このLIFEという数値は全プレイヤーキャラクターに等しく10ポイント与えられ、死ぬごとに1ポイントずつ減っていく。そして数値が0になると、そのキャラクターは花びらとなって散り、消滅する。LIFEに関しては今のところどんなアイテムでも回復することや最大値を増やすことが出来ず、0になったら文字通り、それで終わりだ。そして何よりもまして重要なことは──LIFEが0になりキャラクターが消滅した場合、そのユーザーは《ゲーム》にログインする権利をも、同時に失ってしまうということだ。
この一見シビアすぎるように思えるシステム──LIFEは、公式の発表によれば、β版独自の処置らしい。とかく《ゲーム》はクローズβがリリースされる前から異常といっていいくらい注目度が高く、事実500人枠のクローズドβには10万人を超える応募者が殺到した。いち兄の話によれば、その選に洩れた大多数の人間の不満はそれはそれは凄まじく、二次募集の要望が運営に殺到したのだという。(そう考えると、単純なコネで《ゲーム》を始めた僕としてはどうにも肩身の狭いものがある)テストサーバの限界上、500人という枠を超えられず、といって何も手段を講じなければ今後のセールスに関わると判断した運営が出した苦肉の策が、このLIFEというシステム──「クローズドβにおけるキャラクターは、LIFEが0になると消滅し、その消滅とともにログインの権利をも消失する。消失後の権利は抽選ののち、次の待機ユーザーへと移譲される」──なのだそうだ。
つまり、《僕ら》の命は10個しかない。
クローズドβのキャラはオープンβ、また本サービスに引継ぎは出来ないと公式に明言されているとはいえ、またPKやPVPによる死亡はLIFEポイントのマイナスに影響しないとはいえ、この《ゲーム》における《死》が、他のゲームにおけるそれほど楽観できるものでないことは、この一事だけでも明白だろう。
「クイは、もうLIFEがあまり残っていないんです。だから、出来るかぎり助けてあげたくて──」
クイ、というのが相棒の名前なのだろう、シズは走りながらそう言っていた。その気持ちは分かるような気がする。僕だってリザードマンやハーピーのおかげでLIFEはもう2ポイント失っているし、他のメンバーだって似たりよったりだ。オンラインだけでの付き合いとはいえ(ツユギは違うが)、これだけ息が合うようになってきた仲間がある日消えてなくなってしまうようなことがあるなんて、実際のところ考えたくもない。
「見えました、あの大きな岩場の向こうが、《オークの首切り場》です」
不意にシズが立ち止まって、僕らにそう声をかけた。もう小一時間ほどは走ったろうか、穴場めいた道だったのか、シズが先導してくれたこれまでの道はモンスターの影がほとんどといっていいほどなかったが、彼女の指さす赤黒い巨大な岩山の向こうは、その禍々しい色のせいか、さすがに不穏そうな空気が漂っているような印象を受ける。
目を凝らすと、岩肌をなぞるように細い道が頂上に向かって伸びている。その向こうにカルデラのように窪んだ一帯があり、そこにオークが集団で巣食っているというのがシズの話だった。
「オークか。データだけ見りゃ、一対一ならそれほど厄介な相手じゃなさそうだがね。ま、集落っていうくらいだ、よほどの数がいるんだろうが」
「20体以上は覚悟しておいた方がいいと思います。中には数レベル上のオークもいるみたいで──私も気がつかない内に倒されてました」
シズの返答に、ツユギが苦笑めいた表情で口笛を吹いた。さすがに尋常な数ではなさそうだ。ハーピーと違って《動かぬ大地》が有効な相手である以上、多少の救いはありそうだが──
「ま、なんにせよキツイ戦いになりそうだな。ノイズがいりゃもう少し前衛に厚みが出てよかったんだが」
「仕方ないよ。とにかくPOTを出し惜しみしない方向でいこう。こっちの回復と被るかもしれないけど、ヤバイと思ったら迷わず手持ちのPOTを使った方がいい」
僕の言葉に了解、とツユギは返し、カナリもこくりとうなずいた。そんな僕らに申し訳なさそうな視線を向け、シズが少し表情を暗くした。
「すみません、無理を言ってしまって」
「いいって。とにかく急ごう。今は少しだって時間が惜しいわけだし──」
尻尾までうなだれるシズにそう声をかけると、僕たちは頂上に続く道を登り始めた。シズもすぐに明るい表情を取り戻すと、軽々と僕を追い越して先導していく。
そんな彼女の後姿を見ながら、そんなにすまなそうな顔をしなくてもいいのに、と僕は思った。僕もツユギも、多分カナリも、そしてここにいないノイズだって、きっとこういうハプニングが楽しくて、《ゲーム》をやっているのに違いないのだ。
7
岩山の頂上は、たしかにゆるやかなすり鉢状の窪地になっていた。ゴツゴツとした岩が雑然と幾つか地面から突き出ているだけで、基本的に視界を遮るものは少ない。
「向こうです!」
そうシズが指さした先に、鷲鼻のように突き出たひときわ大きな岩があり、その根元から金色の光が洩れ出ていた。そして、その光を取り囲むように、ゆうに2メートルはありそうな巨大なオークたちが群がっているのが見える。視界の中だけでも、17、8体といったところだろうか、オークたちはその光の中に侵入しようとして果たせず、豚に似た顔を醜悪に歪めている。
その光の中に、その少年はいた。ノイズのように機動性を重視しているのだろうか、軽鎧に身を固め、盾の類は持っていない代わりに、手甲で固めた両手の内、右手に水晶のようにきらめく片手剣を携えている。少年と形容したが、少女といっても差し支えなさそうな秀麗な顔立ちだ。光の加減でよく分からないが、短い銀髪に美少年めいたその容姿は、どことなく、《勇者》という形容を思わせる。ただ、今はその整った顔は疲労に歪み、彼は疲労しきったように肩ひざをついていた。光はそんな少年の左手から発している。この光はモンスター避けのアイテムだろうか? だがその光彩はもう明らかに弱々しく、今にもオークの集団の咆哮にかき消されそうに見える。
「クイ!!」
短く叫んで、シズは走りながら左手で緩やかに円を描くような仕草をし、口元で小さく何かを呟いた。瞬間、シズの全身が霞のように淡くゆらぎ、輪郭がおぼろげになる。味方単体の回避率を向上させる水属性の中位魔法、《眩ましの霧》だ。そのまま前傾姿勢を取り、両手を交差させながら腰元のベルトに手をやると、シズの両手に魔法のように小剣がひらめいた。そのまま一気に速度を上げ、彼女はオークの群れに正面から突っ込んでいく。シズの突進に気づいた何体かのオークが対象をシズに変え、彼女に群がろうと前進を始めた。光を囲んでいた他のオークも、新手の存在に気づいたのか、次々とこちらに向かってくる。
「おいおい、無茶しやがるなあ」
遅れて駆け出したツユギの呆れたような声をよそに、シズはまるで狩りに長けた若い豹のように、立ちはだかったオークの棍棒をかいくぐり、右手の小剣で浅黒い脇腹を斬り裂いた。続けざま、目にも止まらぬ速さで左手の小剣がうなり、鈍い悲鳴をあげたオークの首元と腹から、灰色の花が散った。
三体のオークに囲まれても、シズはまるでひるまない。背後に回った別のオークの一撃を素早し身のこなしで避けると、双剣が標的を変えてひらめいた。右、左、右、右、左。舞踏のように早く軽快なリズムで、シズを取り囲んだオークたちの体から次々と花びらが散っていく。
それにしても、なんという速さと手数だろう。パラメータの大部分をDEX(器用さ)とAGI(敏捷さ)に極振りしているのか、シズの一撃は鋭いがいかにも軽く、大きなダメージを与えきれていないように思えるが、圧倒的な手数の多さがそれを完全にカバーしている。さらに驚くべきは、あれだけの数のオークに囲まれて、決定的な一撃をまるでもらっていないことだ。《眩ましの霧》の効果もあるのだろうが、限界ギリギリまでの軽装をし、アイテム補正などで回避力の向上を突き詰めているのだろう。ある意味トリッキーなキャラ育成だと思うが、こういう育て方もあるのか。
「ツグミ」
杖を構え、魔法式を組みはじめたカナリの細い声が、僕の耳を打った。っと、感心している場合じゃない。僕も短剣を構えて土の魔法式を組み、詠唱を始めた。シズの後に続いたツユギも、僕ら後衛の壁になるような上手い位置でオークたちのターゲットを取り、槍を振るっている。
一瞬の判断のあと、僕はシズを対象に《湧き出る力》を発動させた。まず《動かぬ大地》でオークたちを足止めすることも考えたが、あれだけの手数を誇るシズの攻撃力を単純に向上させた方が、全体の殲滅効率の向上にもつながるだろう。
思惑通り、スピードはトップギアに入ったまま、シズの一撃一撃が明らかにオークの肉を深く斬り裂いていく。いつもと違う手ごたえに感じたのか、一瞬シズは目を丸くした。魔法の支援効果に気づいたのだろう、口元をほころばせると謝意をしめすように僕の方を振り返って片目を閉じた。
まさに縦横無尽、といったシズの動きにオークたちも翻弄されているのか、攻撃対象を見失ったオークの何体かが戸惑うような動きを見せ、逆に数が多いのがわざわいして、味方同士の行動を妨げ始めた。そうすると慣れたもので、ツユギは大きくバランスを崩した近くのオークの一体に渾身の力で槍を突き入れる。鈍い断末魔の叫びとともに、オークの喉元から間欠泉のように灰色の花弁が噴き出した。
「クイ、大丈夫ですか?」
オークたちが混乱する中、一足飛びに銀髪の少年のもとに駆け寄ると、シズが心配そうな表情でたずねた。
「シズ?」
銀髪の少年──クイは、そんなシズを見、そして僕らの方に怪訝そうな視線を向けながら、立ち上がった。さっきのタイミングでシズがPOTを使ったのか、その表情に数分前ほどの疲労の色はない。そして次の瞬間、少年の周囲を覆っていた強い金色の光が失われ、光の壁に行動を阻まれていた何体かのオークが少年に迫っていく。
「大丈夫、ツグミさんたちは味方です。私たちを助けてくれると──」
オークたちの何体かを、クイから引き離すように誘導しながら、シズが距離を取る。そんなシズに複雑そうな視線を向け、もう一度僕たちに鋭い表情を見せながら、
「……余計なことを!」
とクイは口惜しそうに叫んだ。そして、右手に持っていた片手剣を振り上げ、流麗な仕草でクイは魔法式を組み始める。次のせつな、剣を取り巻くように雷光がほとばしった。味方単体の武器に雷の追加効果を付与する風属性魔法、《属性剣・雷》だ。そのまま、クイは憤りをぶつけるように、近づいてきたオークの一体を雷光が走る片手剣で一閃する。
「──すごい」
僕は思わず感嘆の声をもらした。シズほどの速さはないが、クイも数体のオークを相手にしてまるで臆することがない。左手の手甲で棍棒の一撃を受け流し、その間隙に鋭い一撃を加えていくさまは、熟達した剣士のそれを思わせた。オークは土属性のモンスターだから、風属性のクイの属性剣はむしろ相性が悪いともいえるが、それでも追加ダメージは馬鹿にならないのだろう、袈裟懸けに斬られたオークが傷口を黒焦げにしながら、花びらを撒き散らし倒れ伏す。
なんにせよ、これで状況はずいぶん楽になった。クイが戦線に加わったことでオークたちの攻撃対象が3人にばらけたことが大きいし、ちょうどクイ、シズ、ツユギの3人がオークたちを三方から囲い込む形になって、その中央にオークたちが密集しはじめている。
カナリの《狂える炎》が発動したのは、まさにその瞬間だった。密集していたオークたちの中心で火球が炸裂したと思うと、赤黒い炎が瞬く間に拡散する。このレベル帯のモンスターにしては体力の高いオークのことだから、即座に全滅とまではいかないが、それでも巻き込んだ7、8体のオークの体力は大幅に削れたはずだ。
痛みに身をよじるオークたちを押しのけるようにして、無傷のオークたちが復讐の咆哮をあげて突進しようとする。途端、その動きが急速に鈍りはじめ、三体のオークがその動きを完全に止めた。次の魔法式を組み上げていた僕の《動かぬ大地》が発動したのだ。得たり、とばかりにツユギが距離を詰め、手負いのオークの一体を鋭い槍の一撃で刺し貫いた。
上手くいった。そう思った瞬間、僕は不思議な違和感にとらわれた。中央のオークたちの一体が、奇妙な動きをしているのだ。通常の個体とは違う、紫色の皮膚をしたそのオークは、まるで魔法式を組むように棍棒をゆらゆらと回している。まずい、あの動きは──
「オークメイジを!」
僕の警戒の声にすぐさま反応したのはシズだった。眼前のオークの鼻面に鋭い一撃を浴びせてのけぞらせると、ましらのように跳躍し、自分の腰ほどもある腕を振り上げて魔法式を完成させようとしていたオークメイジの近くまで一気に間合いを詰めた。そして間髪いれずに双剣で×の形を描くようにその肉体を斬り刻む。魔法の発動を中断されたオークは、苦悶の咆哮をあげて後退した。この状況で魔法を発動されたら事だったが、間に合ったか。それにしてもまるで曲芸のような動きだ。
「お見事」
そう呟いた僕の声が耳に届いたわけでもなかったろうが、続けて三度の連撃を叩き込んでオークメイジを完全に沈黙させると、シズは僕の方を振り返って陽気な仕草でピースサインをしてみせた。
ともあれ、どうやらこれで大勢は完全に決したようだ。カナリの《狂える炎》で深手を負ったオークたちはクイとシズが迅速に仕留め、《動かぬ大地》で行動を封じていたオークたちもツユギが掃討しつつある。カナリも今は一敵一殺に行動を切り替え、《炎の矢》で3人の手に余ったオークたちに確実にダメージを与えていく。見たところ、20体はいたオークたちの内、満足に行動できているオークはもはや3、4体といったところだろうか。こうなると、もう残敵掃討の段階といっていいだろう。そう思って僕が肩の力を抜こうとした瞬間──
「来るぞ!!」
クイの鋭い声が耳を打った。
と同時に、オークたちの屍骸が折り重なった中心に、巨大な黒点が出現する。モンスターが転移する前兆ともいうべきおなじみの現象だが、新手か、と思った僕は、その黒点のあまりの巨大さに目を見開いた。通常の3倍、いや、ゆうに5倍はあるだろうか。
「気をつけろ、《ネームド》だ!」
「《ネームド》──」
シズの声にも緊張の響きが混じる。とたん、黒点がさらに膨張したかと思うと、通常のオークをふたまわりも巨大化させたような、赤銅色の肌をした巨大なオークが眼前に出現した。左腕がなく、右腕が異常発達したように(なにしろ立った状態で地面まで届くのだ)肥大化したそのフォルムは、獣人というよりもはや悪魔めいた禍々しさを感じさせる。むき出しの乱杭歯に邪悪な笑みを浮かべたその頭上の空間に、《一本腕》という赤い文字が浮かびあがった。見るのは初めてだが、なるほど、だから《ネームド(名のある)モンスター》か。
《ネームドモンスター》、略称《ネームド》は、例えばオーク、という種族名だけでなく、この《一本腕》のように固有の個体名を持つ、いわゆるレアモンスターだ。ゾーンボス、エリアボスとも表現されるように、通常の同種族モンスターとは異なる外見、そして遥かに高いレベル、攻撃力、特殊能力を有する、いわゆるボス格のモンスターといえる。それだけに出現の条件も厳しく、レアアイテムを落とす確率も高い。
なるほど、合点がいった。いくら多勢に無勢だったとはいえ、十分に適正レベルと思われるオークにシズだちが不覚を取ったというのはどうも考えにくかったが(少なくとも逃げおおせることは出来たはずだ)、《ネームド》が相手であれば仕方がない。
《一本腕》は完全に転移を終えると、巨大な右腕で地面を叩き、エリア全体を震わせるような雄叫びをあげた。咆哮そのものに何らかの効果があるのか、全身に痺れが走り、わずかに体が重くなっていく。隣に視線をやると、カナリもわずかに表情をしかめて、自分を支えるように杖を地面に突き立てた。
「お前たちはもう少し距離を取れ! 《一本腕》の咆哮は範囲内にいるだけでAPを削られていくぞ!」
クイの叱責が飛ぶ。その鋭い声と、身も凍るような《一本腕》の咆哮に押しのけられるように、僕とカナリは後ずさりながら距離を取った。マニピュレータを見ると、たしかにAPがわずかだが削られている。さすがに《ネームド》ともなると、厄介なスキルを持っているようだ。
「お前たち、LVは? 少なくとも20はあるだろうな?」
片手剣を水平に構えながら訊くクイに、近場にいたツユギがうなずいた。実のところ僕とカナリはまだLV20に達してはいないのだが、まあ四捨五入すれば嘘ということはないだろう。
「ならこの頭数なら何とかなるか──。いいか、三方から攻める。シズ、君は中央であいつの注意を引き付けて。僕は右から。そっちの大きいのは左。後衛は臨機応変に援護を。いいか?」
続けざまにクイの指示が飛ぶ。大きいの呼ばわりされたツユギは苦笑しながら肩をすくめたが、べつだん異論はないらしい。元々これは彼らの戦いなのだし、バラバラに戦って各個撃破されるよりは、指揮系統は統一されていた方がいいに決まっている。
それにしても《ネームド》とは、と僕は内心でため息をついた。
ノイズには何て言い訳しよう。首尾よくいっても、敗走したとしても、きっと明日彼女には文句を言われ続けるに違いない。最悪LIFEを失うことになるだろうが、そうそう出会えるはずもない相手だ。《ネームド》とやりあったと聞けば、さぞ羨ましがることだろう。
黒い短剣を構えなおす。どうする? まずは《大地の守り》で守りを固めるか、あえて《湧き出る力》で速戦を狙うか──
高揚感とともに僕は思う。今夜は長い夜になりそうだ。]]>
シーム-03
http://ichituki.exblog.jp/5521647/
2007-02-13T21:57:00+09:00
2008-02-17T11:33:46+09:00
2007-02-13T21:57:40+09:00
kawa-75
シーム
4
「よう、待たせたか」
安全エリアに林立する水晶柱の一本に寄りかかって、手持ち無沙汰な時間を鼻歌でまぎらわしていると、いつの間にインしていたのだろう、ツユギが目の前に立っていた。あれ、と思って手元のマニピュレータのクラン情報を見ると、たしかにツユギの名前がオンライン表示になっている。
「うわ、全然気がつかなかった」
「なんかご機嫌だったからなあ、お前」
からかうような口調でツユギは言うと、長槍をまるで健康器具のように持って、大きく伸びをした。黒鉄色の鎧のプレートが、鈍い金属音を立てる。元々長身で肩幅も広いツユギがそうしていると、なんだかすごく映えて見える。僕が前衛スキルを取らずに後衛スキル中心に育成しているのは、性分もあるけど、とてもこういう武具や甲冑が似合わないだろうなと思ったことも大きい。ゲームだから好きなようにやればいいのだろうけれど、五月人形みたいだなとツユギに笑われるのがやる前から目に見えている。
ちなみに、僕とツユギの外見は、現実のそれとさほど大きな変化はない。多少目や髪、肌の色はいじってはいるが(僕は赤みがかった茶色の髪に鳶色の目、ツユギは肌を褐色に変えている)、キャラクターの容姿自体は作成時にスキャンされた自分自身のそれに大した修正を加えてはいないからだ。(せっかくだから思い切り背を伸ばそうかとも思ったが、さすがにむなしくなったのでやめた)ノイズ、カナリに関しては現実の彼女と会ったことがないから比較はできないが、多分、印象が大きく変わるということはないだろう。
「で、なにがあった?」
「……別に」
「ま、色々と予想はつくがね」
悪戯っぽい仕草で片目を閉じながら、ツユギはわざとらしく大あくびをしてみせた。ちくしょう、何もかも見すかしたような目をしやがって。そう僕が心の中で舌を出すと、ツユギは急に真面目な顔になって、僕と同じように柱に背中をあずけた。不思議な光景だ。ぼんやりとそんなことを思う。どれだけ良く出来ていたとしても、ここはデジタルで作られた世界──仮想空間であることは分かっているけれど、水晶作りのこの空間が非現実的であればあるほど、奇妙なリアリティをもって迫ってくるような気がする。子供の頃に夢見た空間、ゲームの中の登場人物たちが辿る場所、そんな幻想がそのまま形を為したような、そんな風景。
ふと、顔を上げる。柱と同じ水晶作りの天井が、幻想的な光をはなつさまを、少しのあいだ、僕らはぼんやりと眺めていた。
「正直、ちょっと安心したよ」
どこか神妙な顔のまま、ぽつり、とツユギが呟いた。
「?」
「……お前が、ようやくそういう気持ちになれたってことがさ」
「…………」
そう呟くツユギの顔がなんだかひどく年上めいて見え、僕はなんだか複雑な気持ちになって視線をまた空に向けた。なんというか、同い年なはずなのに、鍵太郎に比べて自分がひどく子供に思えて嫌になる。
そういう気持ち、か。
鍵太郎と美早がいわゆる彼氏彼女になったとき、まず最初に感じたのは寂しさだったと思う。目には見えないけれど、でもたしかにある階段をひとつ、僕を残して二人だけが昇ってしまったような、そんな不安感と寂しさが、二人を祝福したいという気持ちと同じくらい大きく、僕の中にはたしかにあった。そして今、ようやく僕はあの時の二人のような、そんな気持ちでいるのだろうか。天澤さんと、鍵太郎や美早のような関係になりたいと、そう思っているのだろうか。
分からない。
天澤さんことが、気にならないといえば嘘になる。天澤さんが時折見せる、まるでそのまま空気に溶けてしまいそうな淡い笑顔を見ているだけで、胸の奥がむずむずするような気がするし、もしそんな彼女の力になれるなら、僕は出来るだけのことをしたいとそう思う。だけどそれが、いわゆる世間一般で言うところの、恋愛感情なのかと訊かれたら、僕は──
くしゃ、と髪に触れる大きな掌の感触がした。
「ま、のんびりいこうや」
僕の髪をぐりぐりと弄り回しながら、ツユギは笑った。その顔がどこかいち兄に似ていて、それがなんだか妙に悔しくて、僕は憮然とした表情でツユギの手を振り払った。
「……余計なお世話だ」
ツユギはそんな僕を見やって、そして目を細めて小さく、そうだな、と呟いた。
不意に、手元のマニピュレータが明滅し、素朴な効果音とともにギルド情報のカナリの名前の脇にオンラインのマークが点灯した。数瞬のあと、僕らから少し離れた空間に、虹色の光彩が沸きあがる。
「ま、相談したいことがあれば、いつでも声かけてくれや。俺も美早もこれでも興味深々──いやいや、心配してるんだよ。まあ、人生の先輩として、色々アドバイスしてやれることもあるだろうさ」
「……ちょっと自分が先に生まれたからって偉そうに」
からかうように言ったツユギにそう毒づくと、僕は柱から身を放した。やがて光彩は空気に溶け込むようにして淡く消え、僕らの視線の先にはダークブラウンの髪をお下げにした小柄な少女──カナリが立っていた。
僕たちの姿を認めると、カナリはとてとて、という擬音が似合いそうな仕草で歩みより、
「……遅れた?」
と細い声で訊いた。
「いや、むしろカナリが時間ぴったり。僕らがすこし早く来すぎただけだよ」
そう言うと、カナリは安心したように、少しだけ口元を緩ませた。元々無口なたちなのか、カナリは言葉数の多い女の子ではけしてないのだが、時々見せるこういったやわらかい表情から、僕はこの子はきっとすごく良い子なんだろうな、と心底思っている。
「んじゃ、あとはノイズを待つだけか」
「ああごめん、言い忘れてた」
ツユギの言葉を受けて、僕は手元のマニピュレータを軽く指で弾いた。
「ツユギが来るちょっと前、ノイズから連絡があってさ。ちょっと立て込んでて、今日は来れないってさ」
言いながらメッセージの履歴を二人に見せる。『野暮用発生、本日不参加』とノイズらしい簡潔な一文。面と向かうとけっこうおしゃべりなのに、メールやメッセージだと不思議と言葉数が少ないんだよな、ノイズは。
「マジか。今日はもう一層くらい下に潜ろうかと気合入れて来たんだけどな」
「都合が悪いんじゃ仕方ないよ」
僕の言葉に、カナリは相変わらずのどこか茫洋とした瞳で視線を向けた。じゃあ今日はどうするの、とそう言いたいのだろう。
「とりあえずどうしようか? ノイズがいないとなると、あまり深いところは厳しいと思うんだけど」
「かなり不味くなっちまったが、B8Fの潅木地帯でトカゲ狩りが妥当かね」
僕はうなずいた。リザードマンには余りいい思い出はないが、たしかにそのあたりが無難だろう。経験値効率は悪いだろうが、その分POT代は節約できるはずだ。そう思ってカナリを見やると、彼女は小さく首を縦に振った。異存はないらしい。
「じゃあ──」
ゲートに向かおうか、と言おうとした僕の言葉は、突如数メートル先に出現した虹色の柱に遮られた。どうやらどこかのプレイヤーが転移してきたらしい。さきほどのカナリの時に比べて色が青みがかっているところを見ると、これは死に戻り(ダンジョン内で死亡したさい、強制的に最後にマークした安全エリアまで戻されること)か。
光芒が消えさったあとの地面に、ちょうど僕と同じくらいの背格好の少女がうずくまっていた。まだ気絶状態を引きずっているのか、力ない動作でそのままぺたり、と前のめりに地面に崩れ落ちる。普通なら回復アイテムなりですぐに復活するところだが、プレイヤー自身にも何かあったのだろうか。
カナリがどうするの、という視線を僕に向けた。余計なお世話かもしれないが、このまま放置していくのも、なんだか気分がよくない。僕はツユギに目くばせすると、少女のそばに駆けよった。ツユギが少女の背に腕を回して抱き起こすと、僕は右手で《癒しの砂》の魔法式を組み、詠唱を始める。数秒後、あたたかな熱とともに、少女の体が淡い光に包まれた。全体的に革系防具が中心な軽装というところをみると、スカウト系のスキルを中心に育成しているのだろうか。見れば、ショートの黒髪から大きな猫耳がぴくぴくと動いていて、この子が獣人族(といっても耳と尻尾以外は普通の人間と大差ないのだが)であることに僕は気づいた。うわ、本当にふさふさした耳なんだな。
耳に触れたい、むずむずとした衝動を抑えながら、僕は詠唱を終えた。HPも回復しきったのだろう、少女はツユギの腕の中で小さく身をよじり、うっすらと目を開けた。
目が合った。くりっとした元気そうな目だな、と思っていたら、少女は怪訝そうな視線になって僕を見、まるでブリキの人形みたいにギギギ、と身をよじって自分を抱きとめているツユギを振り返り、
「あ……」
「あ?」
そして、
「……っ、☆▼#□※!!!」
悲鳴をあげた。
5
「……本当に、本当に、ご無礼をいたしました!」
「別にそこまでかしこまらなくても……」
いやに古風な言い回しをする子だな、と思いながら僕が苦笑しながらそう言うと、少女はいっそう恐縮したように小さな体をくの字に折り曲げて深々と頭を下げた。
「その、本当に悪気はなかったんです。突然のことで、思わずつい、その、右手が、ぱーん、と」
必死にそう言う彼女の耳は、まるで耳全体が反省しているかのようにぺたんとしおれていて、ズボンの後ろから垂れている尻尾も心なしか元気がない。ぴく、ぴくとまるで申し訳なさそうにわずかに左右に揺れるさまがなんだかひどくおかしくて、僕は思わず吹き出してしまった。
「なんか割り切れねぇ……」
憮然としたその声に振り向くと、頬に鮮やかな掌のあとを残したツユギが、ふてくされた表情でそっぽを向いていた。あの顔は、この子に頬をはられたことより、頬をはられてしまった自分に向いてるんだろうな。そう思うと、その横顔がさっきとはうって変わって妙に子供じみて見えて、僕はもう一度吹き出した。
「……なんだよ」
「いや、女の子に頬をはられる鍵太郎も、なんか絵になるなと思ってさ」
「……悪いがこちとら文系科目はからきしなんだよ。発言者の意図を、明確に、平易に、句読点含んだ5文字以内で表現してくれ」
「ええと……『かっこ悪い』?」
「…………」
「その……すみません」
言い合う僕とツユギを交互に見やりながら、まだちょっとおびえた感じの声で、少女がツユギに正対して頭を下げる。どう反応したものか、という感じでツユギは鼻の頭をこりこりと指で掻くと、
「あー、まあ、こっちも誤解されるようなマネしてすまなかった」
ふるふる、と少女は首を振る。あくまで非は自分にある、と言いたいのだろう。まっすぐな子だな、と微笑ましい気持ちになりながら僕は思ったが、これではいつまで経っても話が終わらない。
「でも、僕たちも悪かったと思う。びっくりさせたこともそうだけど、ダンジョン内ならともかく、安全エリアで辻回復ってのも、余計なお節介だったかもしれないし」
そう言うと、少女はまるで扇風機みたいに首を振り、
「そんな! ちょうどPOTの手持ちも少なくなっていましたし、本当に助かりました」
「そんなに大げさにお礼を言われるほどのことじゃないよ」
「いえ、“恩は等しく、讐は乗して”返せ、というのが我が家の家訓ですので。必ず、このご恩に報いさせて頂きます」
まっすぐ僕を見つめてそう言うと、もう一度深くこうべを垂れた。猫耳がそれに合わせるようにぺたんとしおれる。そういうキャラクターを演じているというより、どうもこれがこの子の地なのだろうな、と僕はなんとなくそう思った。それにしても“しゅう”って復讐の讐だろうか。だとしたら怖すぎる家訓だ。
「うん、じゃあそんな機会があったらね」
人の好意を無碍に断るのもなんだと思い僕がそう答えると、はい! と少女は満面の笑みを浮かべてうなずいた。感情が素直に顔に出る子なんだなあ。言乃もこのくらい喜怒哀楽がはっきりしてれば、もう少し兄としての威厳も保てるのに。
言乃に気付かれたら白い眼で見られそうなことを考える僕を少女はきょとんとした顔で見つめていたが、ふと何かに気付いたように、胸の前でポン、と手を合わせた。
「そういえば、まだ名乗ってもいませんでした。ご無礼をお許し下さい。私は──」
思わず本名の方を口走りそうになったのか、少女は一瞬わたわたした仕草で口ごもると、
「シズ、と言います。カタカナでシズ、です」
気を取り直してそう言った。シズ、か。漢字に直せば静といったところかな。見た目どうみても活発そうなこの子の名前にしてはちょっとギャップがあって、僕はなんとなくおかしくなってしまった。
「僕はツグミ。それから、この大きいのがツユギで、この子がカナリ。もうひとりノイズっていうアタッカーがいて、その4人で今はクランを組んでる」
僕のすぐ後ろでずっと沈黙を守っていたカナリは、そう紹介されると、ちら、という感じにシズを見やり、首をかすかに傾げて会釈の仕草をした。シズはそんな僕たちの顔を順番に眺めてから、
「ツグミさんにツユギさん、……カナリさん。覚えました」
弾むような声でそう言うと、嬉しそうに口元をほころばせた。その表情がなんともいえず和やかで、僕はまた微笑ましい気分になってしまう。ここが仮想空間である以上、当然普段とはまったく違う自分を演じているプレイヤーもいるだろうし、時には性別すら偽っている場合だってあるだろう。それがある意味《ゲーム》の醍醐味だと思うのだが、この子の場合はあまりそんな風に思えない。なんというか、育ちの良さがそのままこの子の明るさに繋がっているというか──いや、あって十分も経ってないというのに、そう断定してしまうのもおかしな話だけど。
「──あ、あの?」
そんなことを考えていると、ふと、目の前のシズがうつむきかげんに首をすくめ、戸惑うような声をあげた。気がつくと、息のかかりそうな距離で彼女を見つめてしまっていたらしい。
「お前、そりゃちょっと勘違いされる距離だぞ」
からかうようなツユギの声に、シズは小麦色の頬を染めて、ますますうつむいた。しまった、つい言乃にするような距離感で接してしまった。
「あ、その──ごめん」
「いえ、そんな──」
なぜかぺこぺこと謝りあう僕たち。今さらながら恥ずかしくなってしまった僕の背中越しに、カナリのかすかな溜め息が聞こえる。うわ、きっと今僕の顔は真っ赤になってるだろうな、というくらい頬が熱い。ツユギはといえば、さっきの意趣返しのつもりか、遠慮仮借なくけたけたと笑い声をあげていた。ああもう、そんなに笑わなくたっていいじゃないか。そう僕がツユギに何か一言いってやろうと顔を上げた矢先、
「──あ」
シズが、固まっていた。
「…………?」
僕とツユギ、カナリの視線がシズに集まる。
「あ、あ──、あ──!」
シズがなにかとんでもない忘れ物を思い出したように声を上げると、それにあわせたようなリズムでネコミミも逆立った。どうしようと繰り返しながら、その表情がみるみる暗くなってゆく。その心中を表すように、茶色い尻尾が落ち着きなく左右に揺れていた。
「あの、シズ……?」
おそるおそる僕が声をかけると、シズが振り向くよりも早く、彼女の尻尾がぴん、と立った。そして彼女が助けを求めるような瞳で僕を見、次の瞬間、
「ツグミさん!!」
「わっ」
僕は押し倒されていた。
まるで元気のいい飼い犬が主人にそうするように、シズが飛びついてきたのだ。とっさに受け止めきれずに、仰向けに倒れた僕にのしかかるようにして、
「ツグミさん、お願いします! 《私たち》を助けて下さい!!」
さっきよりももっと近く──鼻が触れ合いそうになる距離で、そうシズが叫んだ。
「え? いや、ちょっと、シズ?」
わけが分からず戸惑う僕の耳を、今度はそれと分かるようにはっきりと、カナリの溜め息が打った。]]>
シーム-02
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2006-07-22T23:57:00+09:00
2008-02-17T11:33:46+09:00
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kawa-75
シーム
2
くしゅん、と自分でもどうかなと思う音を立てながら、僕はくしゃみをした。朝からどうも鼻がむずむずする。昨日はつい窓を開けたまま眠ってしまっていたのから、気がつかない内に体が冷えてしまったのだろうか。隣で静かに本を読んでいた天澤さんも、顔を上げて心配そうな目線を向けてくる。
「風邪か? 市ノ瀬」
続けて、ちょっとハスキーな声が耳朶を打った。古びた机に頬杖をつきながら本を読んでいたその声の主は、垂れ落ちてきた眼鏡を中指で小うるさそうに定位置に戻すと、読んでいた本をぱたんと閉じた、
「そこまで深刻なものじゃないと思いますけど」
「まあ大事を取るに如くはない。天澤、窓を開けてくれるか。すこし空気を入れかえよう」
図書準備室の主は、そう言って自分も席を立った。蛍光灯の明かりを反射して、洒落たデザインの眼鏡が鈍い光をはなつ。
時森泉角(いずみ)。第二読書部の部長にして、一年上の2-D所属。僕にとっては中等部から頭の上がらない先輩のひとりで、黙っていれば学園内屈指の秀才で通る人だと思うのだが、同時に「t退屈は敵」の一言で平地に乱を起こしまくる、不穏、という言葉の生きた代名詞のような人でもある。時森、といえばこのあたりでは八重坂、香条と並んで名のしれた旧家で、すらりとした長身とまず美形といっていい顔立ちも手伝って、先輩はけっこうな良家の御曹司のはずなのだが、良い意味でも悪い意味でもまるでそんな雰囲気を感じさせないのが、この時森泉角という人だと僕は思う。
「ふむ。さして熱はないようだが」
いつの間にか僕のすぐそばにまで歩みよっていた先輩は、大きなてのひらを僕の額に当てて、そう呟いた。
「お茶、淹れましょうか?」
窓を開けた天澤さんが、カーテンを丁寧にまとめながら訊く。窓から入り込んできた穏やかな風が、天澤さんの髪を揺らして、僕の頬を撫でた。ほんの少し、空気が熱を含んできたような感じがする。
「そうしてくれるか? こういうときは、熱い茶にまさる良薬はない」
「そんな大げさにしなくてもいいですから。……まあお茶は飲みたいですけど」
僕の返答に天澤さんはくすりと微笑むと、いそいそとした仕草でテーブル脇のクッキーの缶から茶葉を取り出した。陶器の触れ合う、心地よい音がそのあとに続く。
「しかし、相変わらず市ノ瀬は髪も頬もやわらかいな。触っていてまるで飽きんよ」
興が乗ったのか、僕の顔をうりうりと弄くりまわしながら、先輩が笑った。事あるごとに僕を小さな子供扱いしたがるのがこの人の(数え切れない)悪い癖のひとつだと僕は思う。
「……人を呼びますよ」
首をちぢめて僕が抵抗の意志を見せると、「冗談だ、冗談」と笑いながら先輩は身を放し、未練がましく指をわきわきとさせながら自分の椅子に戻った。それからふと思い出したように手を打って、
「そういえば、市ノ瀬と天澤に伝えていないことがあったな」
そんなことを言った。
「なんですか、改まって」
「いやなに、──ああすまない。とと、熱いな──7月祭のことなんだが」
ちょうどそのタイミングでお茶を持ってきた天澤さんに礼を言うと、湯飲みに口を寄せながら先輩はそう言った。天澤は僕の前にもお茶を穏やかな手つきで置くと、自分の分を持って僕の隣に腰を下ろし、
「7月祭、ですか?」
と不思議そうな声で訊いた。そういえば、天澤さんは外部編入組だから、7月祭のことを知らないのか。
「そうか、天澤は初めてなんだったな」
納得したようにうなずくと、先輩は簡単に説明を始めた。7月祭は、簡潔に表現してしまえば、毎年前期に行われる学園祭のようなものだ。十何年前だかの先輩たち(そう考えるとちょうど母さんたちの世代じゃないだろうか)が、イベント目白押しの後期に対して、前期にお祭りごとがないのはつまらない、と有志を募って始めたのがそのきっかけで、11月におこなわれる清泉祭(学園祭のことだ)との違いは、クラス単位での自動的参加というものはなく、あくまで有志(たいていはクラブ単位)で企画・運営されるお祭りだということだ。といっても、伝統的にお祭り好きが多い泉城学園生のことだから、中等部・高等部を巻き込んで毎年7月祭は清泉祭に優るとも劣らない盛り上がりを見せている。
「にぎやかな学風なんですね」
天澤さんは得心がいった、という風にうなずくと、どこか感心したような口調でそう呟いた。
「で、7月祭がどうしたんです? というか今度はなにを企んでいるんですか?」
警戒心をむき出しにして僕は訊いた。泉城の中等部に入りたての春、不幸にもこの人と出会ってしまってから、僕は今までどれだけトラブルに巻き込まれてきたか知れない。柿沼先生評するところの、「治世の梟雄、乱世の大梟雄」を地で行くこの人の逸話を数え上げたら切りがないので割愛するが、今だって思慮深そうな穏やかな表情の裏で、騒動の種を育てているに違いないのだ。
「そう人を疑るような顔をするな。いやなに、その7月祭に、今年は第二読書部として参加をしようと思っていてな」
先輩の言葉に、僕と天澤さんは思わず顔を見合わせた。少し困ったような表情で、天澤さんがたずねる。
「それは、その7月祭……に、出し物をしよう、ということですか?」
「まあ、単純明快に言えば、そういうことだ」
「市ノ瀬くんと、部長と、私の3人で……ですか?」
「そうなるな」
「…………」
もう一度、僕と天澤さんは顔を見合わせた。7月祭は運営委員会に企画内容を申請し、受理されれば誰でも企画側として参加できるから、第二読書部としての参加自体は問題はない。そのこと自体はたしかに問題はないが、それにしてもたった3人で何をしようというのだろう。まあ、この人ならたったひとりでも、とんでもないことをやってのける方向性の見えない才能に溢れていることは骨身にしみて知っているが、付き合わされる身としては、正直ただ楽観しているわけにもいかない。
「突然どうしたんです? 先輩はどちらかというと、お祭りを裏から引っ掻きまわすのが得手だと思っていましたが」
僕がそう訊くと、先輩はオールバックの髪を無造作に弄りながら、苦笑をひらめかせた。
「今年は、ハチロクの奴がうるさくてなあ」
「会長が?」
「”泉城学園に籍を置く全ての部活動は、常に健全・建設的な活動をしていることを示す義務がある”……んだとさ」
「……それ、すべてのクラブに対する通達なんですか?」
「まさか。我が栄えある第二読書部だけに決まっているだろう」
変な笑い声を立てながら、先輩は言った。
ハチロク、というのは泉城学園の園生会(生徒会のことだ)執行部会長、八重坂六菓会長のことだ。名字と名前の漢数字を抜いてハチロク、というわけだが、あの会長をそんな砕けた愛称で呼べるのは、学園内広しといえども、時森先輩くらいのものだろう。定期試験では時森先輩と常に首位を争う学園内屈指の才媛であり、沖乃坂の名家・八重坂家の令嬢であり、モデル並の絢爛な容姿をほこる泉城の女帝。
「まあ、そういう次第だ。当然、売られた喧嘩は即買いせねばな」
わざとらしく大きなため息をついて、僕は額に手を当てた。古くからの幼なじみ同士らしいのだが、両雄並び立たずというのか、とかく八重坂会長と時森先輩は不仲で有名で、事あるごとに角突きあっている。なまじどちらも飛びぬけてスペックが高いものだから、その角の突き合いが騒動に発展しないわけがない。(事実、時森先輩が起こしてきた数々の騒動の過半数は会長絡みの出来事が発端といっていい)僕はもう一度大きくため息をついて、まだ事情を理解できないできょとんとしている天澤さんに苦笑を向けた。
つまるところ、もう事は決してしまったのだ。会長が絡んでいる以上、先輩が引くことはまずありえないし、そうなったらもう僕らとしてはただ腹をくくるしかない。天澤さんにとっては、災難な話かもしれないけれど……。
「分かりました。皆まで言わなくてもいいです。やりましょう」
「さすが市ノ瀬、話が早いな。──天澤はどうだ、異論はないか?」
そう水を向けられて、天澤さんは一瞬だけ戸惑った表情を見せて、僕の方に視線を向けた。けれど、すぐ意を決したように、
「まだちょっと混乱してますけど……私に出来ることなら、お手伝いします」
そう言った。その返答に「助かる」、と先輩は満足そうにうなずいた。
「問題は何をするかだが、とりあえず俺には腹案がある。だがまあ、まだ固まりきってはいないのでな、詳細は次の集まりの時にでも報告するとしよう。……ああ、もうこんな時間か。では事前に色々根回しもあるのでな、今日はところは解散するとしよう。各自、気をつけて下校するように──」
3
「大変なことになっちゃいましたね」
帰る道すがら、ちょうど沖乃坂と宮辻の三叉路に向かう公園通りの入り口で、ふと天澤さんが立ち止まってそんなことを呟いた。
「これから先輩との付き合いが長くなれば、天澤さんもすぐ慣れると思うよ。たぶん……」
「たぶん?」
「たぶん、そのうち大抵のことが大変だと思わなくなる」
そう言うと、天澤さんが少しだけ目を丸くして、それからくすくすと笑い出した。
「市ノ瀬くんのまわりって、本当に楽しい人たちばかりなんですね」
「……そうかな?」
「はい、断言します」
口元に手を当てて、笑いを噛み殺しながら天澤さんは言った。そりゃまあ、一癖も二癖もある連中ばかりってのは認めるけどね。
「たぶん、市ノ瀬くんと一緒にいるのが、楽しいからなんでしょうね」
「僕としては、ただ弄られているような気がしなくもないんだけど……」
「そんなことはないですよ。桂さんや露城くん、時森先輩も、みんな楽しそうに笑っているんですから」
「先輩の楽しそうは、なにかベクトルが違うような気がするんだけどなあ」
僕がそう言うと、天澤さんは思い出し笑いをしたように、口元を緩ませた。
「そういえば柿沼先生がおっしゃってました。時森先輩の数々のご活躍は、有能な補佐役の助力もあずかって大きいとか」
僕は無言のまま息をついた。好好爺然としたあの先生に、そんな風に思われていたのか。うなだれた僕の表情がおかしかったのか、天澤さんはまだくすくす笑いを続けている。不思議だな、とそんな天澤さんを見ながら僕は思った。彼女と知り合ってまだ、一月半ほどしか月日が経っていないのに、もう何年も前からこんな風に一緒に帰り道を歩いていたような、そんな感覚をおぼえることがある。
天澤はるか、という女の子を初めて見た時の印象は、大人しそうな子だな、だった。穏やかな日の光が差し込む部屋で、文庫本に目を落としているような、そんなイメージ──というと貧困すぎるかもしれないけれど、天澤さんにはそういう穏やかで、そしてどこか孤高を感じさせる雰囲気があったと思う。最初のHRでの席決めの時に、天澤さんの隣になったときは、どう打ち解けていいか分からなくて正直とまどったものだ。だから、意外にも天澤さんの方から僕に話しかけてくれたときは嬉しかったし、同時に安堵もしたものだ。
『つぐみくん、という名前なんですね』
思えばなぜか、僕にそう声をかけてくれたときから、彼女の表情には親しみがこめられていたような気がする。いや、これはもしかしたら、僕の自惚れかもしれないけれど。
緩やかな風が、公園通りの木々の間を吹き抜けて、天澤さんの長い黒髪をわずかに揺らした。小さな葉ずれの音がする。
「まだちょっと肌寒いと思うときありますけど、もうすこししたら、上着がいらない陽気になりそうですね」
「今年の夏は猛暑だっていうけどさ」
「はい」
「なんか毎年同じことを言ってるような気がする。『今年は猛暑!』って」
「それは家電業界の情報戦略ですよ、きっと」
他愛もない話をしながら公園通りを抜けていく。鍵太郎や美早といるときとは違った、どこかくすぐったいような不思議な時間がすぎて、僕らの足はもう一度止まった。公園通りを抜けたのだ。ここから右に曲がれば天澤さんの家がある沖乃坂に、左に曲がれば僕の家がある宮辻の住宅街に繋がる。
「……早いなあ」
ぽつり、と天澤さんが呟いた。
「市ノ瀬くんと帰るようになってから、帰り道が早くなった気がします」
柔らかく微笑んで、天澤さんはくるりとターンを踏むような仕草で、僕の方に体を向けた。
「色々突然の話ばっかりで、今日は驚いちゃいましたけど」
風に小さく揺れる黒髪をおさえながら、言う。
「私、ちょっとワクワクしているみたいです。7月祭、楽しい出し物になるといいですね」
僕はうなずいた。なにか気の利いた言葉を返したかったけど、何も思いつかなかったし、それ以前に僕は天澤さんの表情にみとれていたのだと思う。
「……うん」
ようやく、それだけを僕は言った。気がつくと、もう太陽はゆっくりと沈もうとしていて、空はすっかり茜色に染まり始めていた。
天澤さんはちょっとうつむくような仕草をして、
「それじゃ、市ノ瀬くん、また明日」
そう言って、もう一度笑った。
どうしてかは分からないけど、そのときの笑顔が、僕にはすごくはかないものに思えた。さっきまでの穏やかな笑顔とは違う、時折天澤さんが見せる、どこか寂しげな微笑み。僕が天澤さんの言葉にもう一度「……うん」とうなずくと、天澤さんは小さく頭を下げ、きびすを返した。一歩、二歩。天澤さんが離れていく。
「……天澤さん!」
なにかに押されるように、僕の喉からその名前がすべり出た。二十歩ほど離れた場所で、天澤さんは立ち止まり、振り返った。夕焼けの、鈍い幻想的なオレンジの光を背に受けて、彼女は切れ長の瞳をじっと僕に向けていた。
「さっき言ったよね、僕のまわりにいる人たちは、みんな楽しい人たちばかりだって。いつも楽しそうに笑ってるって」
天澤さんはうなずく。
「じゃあ──」
僕は言葉を切り、いつの間にか固く握っていた拳に汗をにじませて、続けた。
「天澤さんは、楽しい?」
僕の言葉に、天澤さんはちょっとだけ驚いたような顔をして、でもすぐにその表情は微笑みに変わった。その表情に寂しげな色はなくて、僕は安堵する。
天澤さんは胸に手を当てながら、視線を落とし、そしてゆっくりを顔を上げ、両手を口元によせて、小さく叫んだ。
「答えは、もう、言いましたよ!」
白い頬を夕焼けの色に染めて、天澤さんは続けた。
「言いましたよね、私、“市ノ瀬くんと帰るようになってから、帰りが早くなった気がする”って──」
そして──
「“楽しい時間”は、いつも早く過ぎるんです──!」]]>
シーム-01
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2006-06-22T17:12:00+09:00
2008-02-17T11:33:46+09:00
2006-06-22T17:12:51+09:00
kawa-75
シーム
《仮想迷宮》。
ギアテック社が開発し、未だクローズドβの段階ながら、現在国内外で最も注目を浴びているダイブ型オンラインゲーム。専用のフルフェイス型インターフェースを使用し、”ほぼ”現実に近い擬似世界での冒険を体験できる。(β版で用意されているフィールドは、地下迷宮と呼称されるダンジョンエリアのみ)
ゲームタイプとしては、剣士、魔法使いといった特定の職業を選択するジョブ選択方式ではなく、経験値とともに累得するSP(スキルポイント)を消費し、様々なスキルを獲得していくことによってキャラクターを強化させていくスキル選択方式。同様にレベルアップ時にはPP(パラメータポイント)というものが与えられ、これを各種パラメータに振り分けることによって、キャラクターは成長していく。(各種装備アイテムには、装備するための必要スキル、必要パラメータが定められている)
現在、クローズドβ試験運用中。参加人数はギアテック社の公表によると、日本国内では500人。海外サーバを合わせると3000人。20××年5月現在、大きなトラフィックの混乱、深刻なバグ等は発見されず──
1
桂美早は、市ノ瀬言乃に嫌われている。
もちろん、面と向かって言乃にそう言われたわけではないのだが、少なからず、美早はそう思っていた。だから、「折り入ってお話があります」と昨晩言乃から電話があったときはひどく驚いたし、現にこうして言乃を待っている今も、何かの間違いじゃないかと半信半疑な気分でいる。
(まあ、あの子が約束を破るなんて思えないけど……)
言乃に呼び出された先の公園通りのベンチで、ぼんやりと細切れの雲を散りばめた空を見上げながら、美早はふとそんなことを思った。約束の時間よりも随分早く来てしまったせいもあって、言乃の姿はまだ見えない。
市ノ瀬言乃といえば、美早の中では無表情と無関心の代名詞だ。事実、言乃が家族以外の人間対して言葉を荒げたり、笑ったりする場面を美早は見たことがないし、年頃の女の子なら目を輝かせるような──色恋沙汰やお洒落、誰それの噂話といった類の──ものに対しても、まるで表情を崩すようなことがない、そんな印象を持っている。彼女がその口元をわずかに緩めることがあるのだとすれば、それは本当に家族(特にすぐ上の兄であるところの市ノ瀬つぐみ)に対してだけだと、美早は思う。
といって、言乃はけして非常識な少女というわけではない。むしろ、言乃以上に他者に対して礼儀正しい少女を、彼女と同世代の少年少女たちの中で見つけるのは正直難しいほどだ。自分に厳しく、常に毅然とし、目上や年長者に対しての礼儀と丁寧な言葉遣いを忘れない少女。けれど、美早にはその「礼儀正しさ」が、むしろ言乃の作っている壁に思える。砕けた態度や隙をいっさい見せず、「礼儀」というレールを境に相手に踏み込まない代わりに、自分にも踏み込ませない、まるで他者との関わりそれ自体がわずらわしいとでもいうような、そんな雰囲気を美早は言乃の「礼儀正しさ」の奥に感じるのだ。
家族以外の人間に対しては、好きも嫌いもない。市ノ瀬言乃とはそういう少女だと、美早は思っていた。幼なじみといえるくらい古くからの顔なじみであるはずの美早や鍵太郎にしたところで、彼女とのつながりは結局のところ、つぐみやひよりを通してのものでしかない。だから、ある日を境に、言乃が自分のことを時折、さりげない視線で見やるようになったとき、美早は心底驚いたものだ。言乃の押し黙った表情からは自分がけしていい感情を持たれていないことはすぐに分かったが、たとえマイナス方向にしろ、言乃が市ノ瀬家以外の人間に対してつよい関心をしめすこと自体、美早にとってはひとつの事件だった。
さて、と美早は思う。状況を整理してみよう。なぜ、とつぜん自分は市ノ瀬言乃に嫌われてしまったのだろうか? 他人事のように自分のパーソナルデータを思い起こす。桂美早、16歳。泉城学園1-A所属、同級の露城鍵太郎とは幼なじみにして彼氏彼女の関係。市ノ瀬言乃の兄、1-Dの市ノ瀬つぐみとは、同じく幼なじみ。こちらは手のかかる弟みたいな存在。今は特定の部活動はしていないが、中学時代は陸上部に所属、県大会でそれなりの成績を収めていたという自負はある。好きな色は青、和食よりは洋食派、エトセトラ、エトセトラ。さて、ここから導き出される市ノ瀬言乃との接点は──
(どう考えても、つぐみの事以外ありえないだろうなあ……)
羅列するまでもなく、美早はそう嘆息した。鍵太郎と自分が正式に彼氏彼女としての付き合いをはじめたのは、泉城の中等部にあがったばかりの夏のことだから、ちょうど3年くらい前のことになる。忘れもしない、夏祭りの夜のことだ。耳に飛び込んでくる蝉時雨と、夜空を覆いつくす満開の花火の下で、突然鍵太郎に肩を引きよせられ、キスされた夜のことを、まるで昨日のことのように覚えている。それから鍵太郎は柄にもなく、耳まで赤く染めて、肩を小刻みに震わせて、言ったのだった。
『なんというか、ずっと思っていたことなんだが、今言うわ。まあ、その、なんだ……』
ああくそ、と落ち着かない仕草で髪をくしゃくしゃとかきながら、
『……お前が好きだ』
あのときの鍵太郎の表情を思い出すだけで、美早はこみ上げてくる笑いを止められない。あのクールな鍵太郎の、あの神妙な顔! そしてひとしきり笑ったあと、早鐘のようにどきどきと胸を高鳴らせている自分に気づくのだ。
その日から、二人はいわゆる彼氏彼女になった。つぐみは「早すぎたくらいでしょ」と笑っていたけれど、3人の時間が少しずつ減っていって、二人だけの時間が少しずつ増えていったことに対しては、やっぱり寂しそうな表情を見せていた。そういえば、私のことをお姉ちゃんと呼ばなくなったのも、あの頃からだったな──本人は、「中学生にもなって恥ずかしくて呼んでられるか」なんて言ってたけど。
大分間が空いてしまった気もするが、言乃が自分にアクションを起こしてくるとすれば、そのあたりの事情しか、ちょっと思いつかない。まさか自分と鍵太郎とつぐみで三角関係を描いていたとは思っていないだろうが──
不意に、雲の切れ間から強い光が差し込んで、美早は思わず目を細めた。かすかな熱気を含んだ風が、トレードマークのポニーテールと、学校帰りの制服のスカートを揺らす。初夏、というほどの季節ではまだないが、公園通りの木々は青々と色づいていた。早く夏にならないかな、と美早は思う。活動的な美早にとって夏はなにより好きな季節だし、それに、まあ、夏はなんといっても、思い出の季節なので。
ふと、息づかいがした。
気がつくと、ベンチに腰かけた美早の足元に、小さな影が落ちていた。美早の姿を認めて、走ってきたのだろうか、白い頬はほんの少し、薄いピンク色に上気していた。市ノ瀬言乃が、そこにいた。
「申し訳ありません。お待たせしてしまいました」
言乃が指定した約束の時間まではまだ20分ほどあるから、これは美早が早すぎたというべきで、言乃に落ち度はないのだが、性格なのだろう、端正な顔をひきしめて、言乃は頭を下げた。
「そんな、かしこまらなくたっていいよ。だいいちまだ約束の時間じゃないんだし、私が早く来すぎただけなんだからさ」
「ですが──」
「それに、そのしゃべり方。ほら、私たちだって知らない仲じゃないんだし、そんな他人行儀に堅苦しくなくてもいいんだって」
もどかしそうに胸の前で手をばたつかせながら、美早は答える。言乃はじ、と意志の強そうな瞳を美早に合わせ、無言のままもう一度頭を下げた。
綺麗な子だな、と美早は改めて思う。言乃やつぐみの母である市ノ瀬ひよりは、可愛らしい、という表現がこれ以上ないくらいしっくり来る女性で、笑ってしまうくらいにつぐみもその雰囲気を受け継いでいるが、言乃はそんなひより─つぐみラインとは一線を画した、凛とした綺麗さを感じる少女だった。
(深呼吸、深呼吸)
どうもこのまっすぐな瞳を向けられていると勝手が違う。美早はこほんと咳をひとつすると、
「で、話したいことって、なに?」
そう水を向けた。そして座りなよ、と自分が腰掛けていたベンチを隣を指でとんとんと、叩く。言乃は軽く会釈をして、美早の脇に腰を下ろすと、
「天澤はるかさん、という方のことなのですが」
そう呟くように言った。
「単刀直入に聞きます。どのような方なのでしょうか?」
「どのような、って──」
美早は目を丸くした。てっきり話というから、つぐみ関連のことだとばかり思っていたのだが、まさか天澤はるかの名前が出てくるとは。
「って、言乃ちゃん、天澤さんのこと知ってるの?」
「直接の面識はありません。あるのなら、このような質問はしません」
淡々とした口調で言う。その言葉と美早を一瞥する視線の冷たさに、美早は、う、やっぱり嫌われてる……と落ち込みそうになったが、すぐに気を取り直して、「それもそうだね」と力ない笑顔とともに返した。
「どんな人、か。私も、天澤さんのことは、あまりよく知ってるわけじゃないんだ。クラスだって違うし、今のところは、つぐみを通しての付き合いだしね」
もちろん今後はもうちょっとステップアップしていくつもりだけど、と思いながら言乃の方を見やる。どこか隔意ありげなその表情を見て、こっちのステップアップは難しそうだ、と美早は嘆息した。
「だから、天澤さんのことは、たぶんつぐみが一番詳しいんじゃないかと思うけど……そうだなあ、ひとことで言えば、綺麗な人」
「綺麗、ですか」
言乃の反駁にうなずきを返すと、美早は続ける。
「はかなげ、っていうのかなあ。なんか、ぎゅって思い切り抱きしめたら壊れちゃいそうな、そういう綺麗」
言乃が凛とした強さを感じさせる少女だとすれば、天澤はるかはどこか線の細い、儚げな印象のある少女だ、と美早は思う。深窓の令嬢、というと大げさかもしれないけれど、同性の自分から見ても、思わず保護欲をそそられてしまいそうな、憂いを帯びた雰囲気が、彼女にはある。
一度だけ、夕暮れの中に佇む彼女を見たことがある。学園の校門の前で、多分つぐみを待っていたのだろう、鞄を両手で持ち、泉城の夏服を夕焼けのオレンジに染めながら佇む彼女の姿は──陳腐な表現だと自分でも思うけれど、ひどく絵になっていた。そのまま、夕日の赤に溶けこんでしまうんじゃないかと思うほどに。
「月並みな表現だけど、守ってあげたくなる人、かな。天澤さんは。男子にもすごく人気のある人だよ。大人しくて、あまり積極的な感じじゃないから、男っ気はあまりないみたいだけど」
「…………」
美早がそう結ぶと、言乃は何かを考えるような仕草で、足元に視線を落とした。耳にかかる部分の髪を弄びながら、わずかに目を細める。
そんな言乃の仕草を横目で見ながら、
「ね、言乃ちゃん」
「はい」
美早はためらいがちに、でも訊きたくてたまらなかった質問をした。
「その、さ。……どうして、天澤さんのことを?」
「……知りたい、というだけでは答えになっていませんか」
「できれば、その”知りたい理由”を、お姉さんとしては知りたいんだけどな」
冗談めかして言った美早の言葉に、言乃は形のよい眉をわずかにひそめて、そして小さく息をついた。
「兄が、その天澤さんという方のことを、とても気にしていました。はっきりとはしませんが、おそらく大きな悩みを抱えているのではないかと。たぶん、なにがしか力になりたいと、考えているのだと思います」
だから、と小さく呟いて、言乃はその後の言葉を飲み込んだ。だから、そんなつぐみのために、自分も力になりたい──言葉こそなかったが、足元に視線を落としたままの言乃の表情から、そんな思いがにじんでいるように美早には思えた。
まったく、と微苦笑まじりのため息をつきながら、美早は思う。どうして、こうつぐみの周りの人間は、こうも彼の世話を焼きたがるのだろう。(それにしても言乃は顕著な気がするが)外見がああだから誤解されがちだが、つぐみはあれでおどろくほど芯の強いところもあるし、男の子らしいところもある。見た目ほど頼りないわけではないはずなのだが、どうも放っておけない雰囲気があるのか、市ノ瀬家の面々にしろ、美早や鍵太郎といった友人たちにしろ、つぐみを前にすると保護者然として世話を焼かずにはいられないのだった。
(天澤さんも、そこにころりといってくれればいいんだけど……)
美早は思う。つぐみにとっては不本意な話だろうが、多分、つぐみがああいう男の子──女の子然とした顔立ちで、”男”をあまり感じさせない小柄な体で、でも男の子たらんとして一生懸命背すじを張っているような──だからこそ、天澤はるかにあそこまで受け入れられているのだろう。クラスの違う美早でも分かるくらい、天澤はるかには周囲から孤立している雰囲気があるので。
「まあ、今はさ、つぐみが男を見せる時期だと思うよ」
美早の言葉に、言乃が顔を上げた。美早の見るところ、天澤はるかとつぐみの距離は、少しずつ短くなってきていると思う。一昨日よりも昨日の方が、昨日よりも今日の方が、少しずつだが笑顔の回数も増え、柔らかい空気が増しているように思う。たとえそれが、恋愛感情に起因するものではないにしても(二人とも、そのあたりがどうも分からない)、節目がちな彼女の顔に、少しずつ笑顔が増えていくこと自体は、素直に喜ばしいことのはずだ。(天澤はるかはまだ、他人に対して決定的な一線を引いているような気がするが──)
「今は様子を見ていろ、と?」
「あせる必要なないんじゃないかなってこと」
美早は片目をつむって答えた。そう、あせる必要はないはずだ。泉城での3年間はまだ始まったばかりなのだし──これからゆっくりと時間をかけて、関係を深めていけばいいのだと、美早は思う。
「…………」
言乃は黙ったまま、美早を見、そして視線を空へと向けた。つられるように美早も顔を上げる。上空は強い風が吹いているのだろう、細切れの雲が形を変えながら、緩やかに流れている。
考えこんだままの言乃を横目で見ながら、まったく、と美早は胸の中でもう一度息をついた。つぐみ、あんたはあんたで頑張ってると思うけど、もうちょっと自分の足元もちゃんと気にしなさいよ──]]>
カレイド-03
http://ichituki.exblog.jp/3504379/
2006-02-09T21:46:00+09:00
2008-02-17T11:33:46+09:00
2006-02-09T21:46:06+09:00
kawa-75
カレイド
「予防線をはられたな」
どこか面白くなさそうに、言乃は答えた。
「予防線って……」
「牽制と言い換えてもいい。それは、これ以上自分には踏み込ませないというサインだと思う」
目線は手に持ったタマネギに向けながら、言乃は続けた。
帰り道、家まであと数分、というところの十字路で偶然言乃と出くわした僕は、そのままの足で夕食の買い物に荷物持ちとして付き合ったわけだが、スーパーに入って言乃は開口一番こう言った。「浮かない顔だな」と。そして気がつけば今日の昼休みの、天澤さんが呟いた不思議な言葉の話になったというわけだ。
「でも、天澤さんはよく気がつく女の子だし、面倒見のいい子だと思うんだよ。あんまり、他人を拒絶するようなタイプには見えないんだけどな」
僕がそう言うと、言乃は形のいい眉をほんの少しひそめて、小さくため息をついた。
そして無言のまま、持っていたタマネギを押し付ける。続けて人参、ジャガイモ、エリンギ。そしてすたすたと今度は精肉のコーナーに向かって歩いていく。
「って、言乃」
渡された野菜を籠に押し込みながら後を追う僕を一瞥すると、言乃はまたこれ見よがしにため息をついた。
「つぐみは脳天気だ」
耳にかかる部分だけを編みこんだ髪を弄りながら(これは苛々している時の言乃の癖だ)、言乃は振り向いた。
「つぐみ、人にはそれぞれ事情がある」
「それくらいは分かってるよ」
「ならいいが。だがそういうサインを出している以上、その天澤さんとやらにも事情があるのだと思う。つぐみたちといるのは楽しいのだと思うが、ある一線以上は越えて欲しくないという事情だ」
「……事情、か」
言乃が差し出す豚肉のパックを受け取りながら、僕は昨日の天澤さんの表情を思い出した。なにか、眩しいものを見るような目で僕らを見ていた、あのなんともいえない表情。寂しいというより、どこかあきらめに似たような、そんな微笑み。
気がつくと、少し厳しい表情で言乃がまっすぐ僕を見ていた。僕が何を考えているかなんて、お見通しだと言わんばかりの視線。
「変わらないな、つぐみは。いつまでも危なっかしいままだ」
「どういう意味だよ」
「覚悟がいる、という意味だ。他人の事情に首を突っ込むのなら、それ相応の覚悟がな。時と場合によっては火傷じゃすまない可能性だってある」
中学二年生とはとても思えない言葉を呟いて、言乃はやれやれという感じに首を振った。
「覚えているか? つぐみがまだ小学五年生の頃だ。たしか夏祭りの日だったと思う。二人で神社の脇のあぜ道を手をつないで帰ったことがあったろう?」
目を細めながら言乃が言う。というか、僕が五年生の時ってことは、お前はまだ小学三年生じゃないか。どうして僕の周りの女の子と来たら、こう、僕に対してお姉さんぶった態度を取りたがるのだろう?
「あぜ道の脇に、茶色いなにかが転がっていた。薄暗くて、私はそれが最初なにか分からなかった。つぐみが駆け寄って、それを手ですくい上げるまで」
そこまで言われて、僕は思い出した。胸の中に、苦いなにかが広がっていく。
「それは、巣から落ちた椋鳥のヒナだった。子供の目で見ても、すっかり弱っていた。正直、私は助からないなと思ったよ。でもつぐみはその子を迷わず家まで連れて帰った。綺麗な布で体を拭いてやったり、母さんと一緒に一生懸命ヒナに餌をやろうとした。でもその晩、結局ヒナは死んだ。つぐみは泣いていたな」
子供だったな、と僕は思う。あの時、僕は絶対ヒナを助けられると思っていた。ヒナを助けて、空を飛べるようになるまで自分が育てて見せるとまで、きっと思っていた。でも、ヒナは本当にあっさりと死んでしまった。目をあけることすらなかった。僕はヒナが死ぬまでの時間をほんの少し延ばしたのかもしれないが、けっきょくそれだけだった。
「もちろん、人間は鳥のヒナとは違う。でもつぐみ、他人の事情に踏み込むということは、いつだってそういうことを孕んでいる。それでも、放っておけないというのなら──」
でも、僕は思う。それでも、あの薄暗い、寂しい場所でひっそりと死んでいくよりは──ずっと幸せだったはずだと、僕は今でも信じている。
「もっと話してやればいい。少しずつでも、踏み込んでいってやればいい。つぐみがそうしたいのなら、それは、きっと正しいことだ」
そう言って、言乃はひどく優しい表情で言葉を切った。
「なんか、いつも説教されてばかりだな、僕は」
そうぼやく僕を見て、言乃は小さく笑みを浮かべた。
「心配をかけられるのも妹の務めだよ。たとえば、妹としてはさして体の強くない兄が、毎晩夜ふかしをしているのはひどく気になっている」
「だから、あれはいち兄の手伝いで──」
「それにしてはずいぶんな熱の入れ具合だと思うが」
からかうように言って、言乃はすたすたと歩いていく。舌打ちしつつその後を追いながら、言い返せないな、と僕は思った。たしかに最初はさしたる目的もなく、いち兄に言われるままに始めたゲームだった。じっさい、ソロプレイしていた頃はそのリアルさには驚いたけれど、夢中になるというほどのものではなかった。でもノイズと出会ってクランを組むようになり、鍵太郎もやっていると知って合流し、カナリもそれに加わって──仲間が増えるたびに、僕はしだいにあの世界に潜ることを楽しみ始めている。それは正直な気持ちだ。少しずつ強くなっていく実感。ひとりでは達成できない何かを、仲間と一緒にやりとげる快感。現実のものではありえないかもしれないけれど、その実感だけは確かなものだと僕は思う。
「悪かったな、頼りのない兄で」
ふて腐れた声でいう僕を見て、言乃は珍しく悪戯っぽい表情を見せ、棚から牛乳を二本取り出し、一本を僕に手渡した。
「そんなことはない。私はとてもつぐみを頼りにしている」
くすくすと笑いながら指差した先には、赤いペンでこう書かれていた。
《お一人様一本まで》
6
翼を大きくはためかせ、再び舞い上がろうとしたハーピーの喉をツユギの槍が貫いた瞬間、僕の体が淡い光芒に包まれた。全身を奇妙な高揚感が走り抜けたかと思うと、半ばほどに減っていたHPとAPが全回復する。
「お、祝着祝着!」
なおも群がる二体のハーピーをあしらいながら、ツユギが叫んだ。手元のマニピュレータ(この仮想空間で唯一現実世界を思わせるものがこれだ)を見ると、レベルを示す数値が17から18に変わっている。今日二度目のレベルアップだ。
「喜んでる場合じゃなさそうだけどね……」
僕は呟いて、短剣を構えなおした。ツユギが倒したハーピーの一匹が、花びらになって四散する前に、けたたましい断末魔の声を上げたのだ。ハーピーは手負いのまま数ターン放置しておくと、仲間を呼ぶ習性があり、それを知らなかった僕らは、以前十数匹のハーピーに囲まれて全滅の憂き目を見たことがある。
「ツグミ、フォローお願い」
「了解」
ノイズの声に緊張の響きが混じる。一度は全滅させられた相手だ。あれから多少レベルが上がったとはいえ、用心するに如くはない。
残った二対のハーピーは、ツユギの槍とカナリの《炎の矢》で迅速に仕留められた。以前は乱戦中に次々と仲間を呼ばれ全滅させられてしまったから、援軍が来るまでに既存の敵を掃討できたのは大きい。
「──出るよ」
《感知》のスキルで索敵態勢に入っていたカナリの呟きを合図に、僕は詠唱に入った。覚えたばかりの《高速詠唱》を使い迅速に魔法式を組み上げる。少数対多数の戦いでは補助魔法の持続時間が大きな鍵となるので、発動時間はモンスターとの接触の少し前に合わせるのがベストだし、乱戦中の詠唱回数は少なければ少ないほど勝手がいい。
パーティー全員の防御力を上げる《大地の守り》を僕が発動させた数秒ほどあとに、前方10メートルくらいの空間に夥しい数の黒点が出現した。おそらく仲間に召還された新手のハーピーが実体化しようとしているのだろう。それにしても数が多い。十、いや十二、三体はいるだろうか。ちょっと尋常な数ではない。
「おいおい、また外れを引いちまったか?」
ツユギのぼやきに苦笑しながらノイズがカナリに視線を向けた。カナリはこくりとうなずくと、すぐさま詠唱に入る。おそらくは《炎の渦》を発動させるのだろう。《狂える炎》より威力は低いが、有効範囲は遥かに広い。たしかにこの状況にはうってつけの魔法といえる。
「ま、やるしかないってか」
そう呟いて一歩を踏み出したツユギに狙いを定めるように、もっとも早く実体化を完成させた二対のハーピーが文字通り怪鳥の叫びをあげて滑空を始めた。
「ノイズ、右のは任せた!」
ツユギの声に答えるより早く、一気に間合いを詰めたノイズが長剣を横凪ぎに一閃すると、避けそこなったハーピーが白灰色の花びらを撒き散らしながら身をよじった。僕は素早く魔法式を組みなおし、次の詠唱に入る。ツユギの槍はハーピーの右の翼をかすめ、かすかに花が散った。
ノイズの打撃が浅い、と見てとると、僕は彼女を対象に味方一人の攻撃力を上げる《湧き出る力》を発動させた。もともとスピード特化型のノイズはツユギに比べると敏捷性にすぐれ、攻撃力は低い。機動力を低く設定した代わりに、長い攻撃範囲と腕力、体力、防御力に重点を置いたツユギが壁役となってモンスターをせきとめ、ノイズが遊撃的な役割をし、カナリが後方火力支援、僕が回復と補助──というのが、いつの間にか固まってきたこのクランのスタイルだがこれだけの数を相手にするとなると、そのセオリーは崩さざるをえないだろう。後衛の僕らとの距離が一気に縮まって危険ではあるが、ノイズにもっと前に出てもらうしかない。
「このっ!」
一時的に攻撃力を増幅されたノイズがハーピーを袈裟懸けに斬り倒し、絶命させた。ノイズ自身も幾つか軽傷を負っているようだが、《大地の守り》の効果が持続している間はアイテム回復でも事足りるだろう。そう判断した僕は、次の魔法式の構成に入る。POT代が気にならないといえば嘘だが、ここでデスペナを食らうよりはよほどましだ。
瞬間、炸裂音とともに残りのハーピーたちが実体化しつつあった空間に赤黒い炎が渦巻いた。苦悶の叫びが不協和音となって木霊する。カナリの《炎の渦》だ。この一発で全滅させるというわけにはいかないが、満遍なく体力を削っておけば前衛の二人の殲滅効率も上がるだろう。
「次!」
ノイズにおくれて先駆けのハーピーを仕留めたツユギの声をまるで合図にしたかのように、燃え盛る炎の中から五体のハーピーが次々と飛び出してくる。ハーピーを突き伏せた態勢のままのツユギに三体、フォローに入ろうとしたノイズに二体が群がった。
普通の戦いなら敵を少しでも足止めするべく《動かぬ大地》を選択するところだが、飛行属性を持つハーピーには通用しない。(前回はそれで酷い目にあった)数体のハーピーに絡みつかれて手間取っているツユギを見て取ると、僕は組み上げておいた《湧き出る力》を発動させる。今度の対象はツユギだ。こう乱戦に近い状態では、個々の回復は(アイテムの消費は痛いが)アイテムに任せ、僕は《大地の守り》と《湧き出る力》の維持に集中するのがベストだろう。
しかし、七体ものハーピーに囲まれて一歩も引かないツユギとノイズはすごい。僕が近接戦闘のスキルを持っていないせいもあるが、引っ切りなしに襲いくる爪の一撃を武器でいなし、あるいは装甲の厚い部分で受け、僅かな隙を狙って確実に仕留めていく姿は熟練の技を思わせた。二ヶ月同じクランで戦っていると呼吸も心得たもので、ノイズもツユギも上手い具合に互いの死角をフォローし合いながら上手く立ち回っている。すでにカナリの全体魔法で体力を削っていたとはいえ、数で優るハーピーを確実に凌いでいるように僕には見えた。だが──
「まずっ……!」
ツユギの舌打ちとともに、その脇を一体のハーピーがすり抜けた。首をもたげ、視線を僕に向ける。そして一瞬ひどく酷薄な笑みを浮かべたように僕には見えた。
「う、わ……」
油断した! ノイズを援護しようと魔法式を組み上げ始めたばかりで一瞬判断が遅れた。今さら距離を取ろうにもどうにもならない。全身に悪寒が走る。ハーピーは一気に肉薄し、鉤爪を開いた。一撃くらいは耐えられるだろうか──?
思わず目をつぶった瞬間、予想していた苦痛は訪れなかった。僕に襲いかかろうとしたハーピーの眉間を一条の赤い光が貫いたのだ。もんどりうつようにハーピーは床に倒れこみ、もがいた後白灰色の花びらを撒き散らして消滅する。
カナリの《炎の矢》だ。安堵の息をついて目線で感謝の意をしめす僕に、カナリが小さくぶい、と指先をそろえた。同じように安堵の表情を見せたツユギが顔をひきしめ、大きく槍を薙ぎ払う。バランスを崩したハーピーの一匹にすかさずノイズが長剣を突き入れる。手持ちのアイテムで素早くAPを回復すると、僕は再び《高速詠唱》で《大地の守り》の魔法式を組み上げる。カナリも目を閉じ、次の目標に狙いを定めて詠唱を開始した。残る六体のハーピーが、黒煙の中から実体化しようとしているのが遠目にも分かる。
さあ、ここからは消耗戦だ。
僕は魔法の発動体である黒い短剣を構えなおし、再び《大地の守り》を発動させた──。
ヘッドギアを外すと、首まわりがじっとりと汗ばんでいるのが分かった。気がつくと、時計はすでに深夜の2時を回っている。ログインしたのがたしか23時過ぎだから、かれこれ3時間も潜っていたらしい。
ふと、笑みがこぼれる。
満身創痍、という表現で過不足はないだろう。事実僕のPOTもカナリのPOTも尽きかけていたし、ツユギとノイズもあと一撃食らえばそのまま昇天してしまいそうなギリギリの瞬間も何度もあった。
でも、生き残った。
誰も欠けることなく、十三体のハーピーをすべて全滅させて、僕らは生き残った。最後の一匹がカナリの《炎の矢》で無数の花びらになって散った瞬間、もう耐えられないというように僕らは地面に突っ伏した。(たぶんこの瞬間、新手のモンスターに襲われていたらひとたまりもなかったろう)ごろりとあおむけになり、ひからびた苔と土で薄汚れた迷宮の天井を見上げる。
はは、と誰かが笑った。笑いはまたたく間に伝染して、僕らはダンジョンの床に寝転びながら笑い続けた。めったに表情を崩さないあのカナリも、めずらしく口もとをほころばせていた。
「高レベルの冒険者にしてみれば、きっと、なんでもないことなんだろうけど──」
上気した頬に笑みをたたえながら、ノイズが言った。
「なんか、してやった! って感じがする。上手く言葉にできないけど、なんか──」
ノイズの言葉を思い出しながら、僕は胸に手を当てた。まだ、心臓がどくどく高鳴っている。たかがゲーム、という気持ちはもちろんある。でも、興奮を抑えきれない。どうということはない、難度の高いイベントをこなしたわけでも、レアアイテムをドロップしたわけでもない。中級レベルの冒険者が、少しばかり厳しい条件下におかれて、それを乗り切ったというだけだ。本当にそれだけの話。だのに──
ひどく頬が熱い。ノイズの台詞じゃないけど、本当にしてやった、という感じがする、不思議な達成感。まったく、言乃にからかわれても仕方がない。僕は明らかにハマっている。いち兄、この《ゲーム》は本物だよ。
心地よい疲れに身を任せながら、僕は目を閉じた。気だるい眠気が、ゆっくりと頭の中を覆っていくような感覚。まったく、電気もPCもつけっぱなしで──、と苦い顔をする言乃の顔を思い浮かべながら、僕は大きく息をついて、眠りの中に落ちていった。
OTHERSIDE
……《ゲーム》からログアウトする瞬間の言いようのない気だるさと、それ以上の興奮に身を震わせながら、少女はぽすんとベッドに倒れこんだ。マウスを握っていた手が、まだじっとりと汗で濡れている。どうしよう、と少女は思った。頬が緩んでいくのを止められない。思わず声をあげてしまいそうになる形のよい口元を押さえながら、少女は幸福そうな表情で目を閉じた。
勝った。数週間前は手もなく全滅させられたハーピーの大群を前にして、誰ひとり欠けることなく生き残った。強くなっている! 少女は思う。かりそめの、いかに精巧に作られていたとしても、しょせんは擬似世界の出来事だと理解はしているけれど、それでも仲間と手をたずさえ、共に強くなっていけるというそのことが、少女にとっては何よりの喜びだった。
「──ツグミ」
少女は呟いた。呟きながら、あの日、薄暗いダンジョンの中で自分を見つけてくれた少年の顔を思い出す。散りすさぶ白灰色の花びらの渦の中で静かに佇んでいた、茶味がかった髪の少年。
不思議だった。彼の顔を、声を思い浮かべるだけで、荒んでいた心がクリアになっていくような気がする。彼の笑顔を思い出すだけで、こんな自分でも、きらきらした何かを取り戻せると、そう信じられるような──
足音。
いつまでも聞き慣れないその音に少女はびくりと身を震わせ、やがて諦観に似た表情で深く息をついた。
そしていつものように、規則正しいノックの音。
「……彼方」
抑揚のない枯れた声が、ドアの向こう側から響いた。
カナタ、と呼ばれた少女は笑った。それはついさきほどまでの少女とは思えない、作りものめいた笑いだったが、その方がよほど自分には似つかわしい、と少女は思った。ああ、夢の時間は、もう終わりだ。
少女は緩慢な動作でベッドから身を起こし、答えた。
「はい、父さん。起きています──」
ドアが開くその瞬間、少女は枕元の携帯に視線を向けた。冷たい色をたたえた液晶画面に、着信を示す表示は、なかった。
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カレイド-02
http://ichituki.exblog.jp/3503608/
2006-02-09T18:58:00+09:00
2008-02-17T11:33:46+09:00
2006-02-09T18:58:39+09:00
kawa-75
カレイド
古ぼけたスピーカーがかすかな雑音をきしませながら、正午を知らせるチャイムを鳴らす。その音になんとはない解放感をおぼえながら、僕は椅子の背にぐったりと身をあずけた。意味のない時間、とまではもちろん思わないが、やっぱり退屈に思えてしまう授業はある。新しいことを覚えるのは嫌いじゃないし、柿沼先生の古典みたいに面白い授業だってあるのだが、たいていは教科書の内容をそのまま読み下して40分が終わってしまうような、そんな時間が大半なのは仕方のない事実だ。
そんなことを考えながら、僕が大きく伸びをすると、くすくす、という控えめな笑い声が僕の隣で響いた。
「……なに?」
「ううん、子猫みたいで可愛いなと思ったものですから」
まだくすくすと笑いながら、彼女──天澤さんは笑みくずれそうになる口元を手でおさえながら答えた。
「子猫って、……男に対する誉め言葉じゃないと思うけど」
それ以前に、可愛いという時点で生物学的に牡の尊厳を踏みにじられている気がする。
「そうですね、ごめんなさい」
なんとなくお茶目な表情で天澤さんは言うと、
「今日はどうしますか?」
と僕に訊いた。
「鍵太郎も美早も今日は弁当だって言ってたから、久しぶりに屋上で食べようか? まだちょっと寒いかもしれないけど」
「いいですね。今日はあたたかい紅茶も淹れてきましたから、ちょっと寒いくらいがちょうどいいかもしれません」
天澤さんはそう微笑むと、胸に抱えた藍色のスポーツバッグをとん、得意げに叩いた。
天澤はるか。
他のクラスメートが彼女を知るていどにしか、僕も彼女のプロフィールには詳しくない。成績は上の中、運動神経は中の下。腰まで届く長い黒髪に、どことなくお嬢様といった雰囲気の穏やかな顔立ちと丁寧な物腰。(でも実際の彼女は意外にドジでお茶目であることを最近知った)中等部からのエスカレータ組の僕は、外部編入組の天澤さんとはまだひと月ていどの付き合いでしかないが、不思議と縁があって(席が隣同士なのもそのひとつだろう)今は古くからの友達のような感覚で一緒にいる。なんとなく波長が合うのだろうか、とにかく今の僕にとっては、天澤さんは一番近い場所にいるクラスメートだ。
スポーツバックの中身に視線を落とす天澤さんの横顔を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、
「市ノ瀬くん」
と、何か言いたげな表情で彼女も僕に視線を向けた。
「うん?」
「いえ。今日の市ノ瀬くん、ちょっと疲れているみたいだから、少し気になってしまって。昨日も色々お手伝いしてもらいましたし──」
「ああ、そういうわけじゃなくてさ。最近ちょっと寝不足というか」
おりよく眠気がぶり返してきたので、僕は天澤さんを安心させるように、ちょっと大げさに目じりをこすりながら苦笑した。
「寝不足、ですか?」
「うん。ここのとこ鍵太郎と、ほら、最近ニュースでやってるバーチャル空間の地下迷宮を冒険するオンラインゲームあるでしょ? あれのテストプレーをやっててさ」
「あ、知ってます」
ゲームの話なんか興味がないかな、と思っていたが、天澤さんは好奇心をにじませた表情で、ぽん、と胸の前で手を合わせた。
「妹が夢中なんですよ。すごくリアルで面白いって、最近は《ゲーム》の話ばかりしています」
「へえ」
僕はちょっと目を丸くした。鍵太郎以外にこんな近くに《ゲーム》の参加者(厳密には天澤さんは参加者の関係者になるのだろうけど)がいたのも意外だったし、天澤さんに妹がいるというのも初耳だった。
「天澤さん、妹がいるんだ」
「ええ。市ノ瀬くんにも妹さん、いるんですよね? 露城くんから聞いてますよ。噂の、言乃ちゃん」
「あいつ! ……なんか変なこと吹き込まれてない?」
「いえ。とても仲むつまじい兄妹だと思いました」
「うわ……」
僕は思わず額に手を当てた。見れば天澤さんはくすくすと悪戯っぽい笑みを向けている。まったく、鍵太郎が天澤さんに何を吹き込んだのか、手に取るように分かるよ。
ふと、天澤さんが僕の肩ごしに目線を向け、微苦笑を浮かべた。振り返ると、教室のドアのところで、当の鍵太郎がバツの悪そうな顔で頬を掻いている。傍らにはポニーテールの活発そうな少女が、苦笑いを浮かべながら鍵太郎を小突く真似をした。美早も一緒だ。
僕はもう一度溜め息をついて、無言でペンケースの中から消しゴムを取り出すと、鍵太郎の額目がけて思い切り投げつけた。
「あ、それが噂の言乃ちゃんランチですね」
「もうやめて……」
僕の弁当を覗きこみながら、悪戯っぽく笑う天澤さんを横目に、僕は額に手を当ててうつむいた。なんだろう、なにかとてつもない弱味を握られてしまった気がする。
まだ肌寒い陽気ということもあってか、屋上には僕らの他にまばらに人がいるだけだ。美早が持ってきた青いビニールシートの上でくつろいでいると、なんとなくピクニックに来たような懐かしい気分になってくる。(といっても、休みには言乃と二人で公園で食事をしたりすることもあるので、外で食事をすること自体が懐かしいわけじゃないけれど)五月も半ばだというのに今年はいつになく気温が低い日が続いているが、その分、なんとなく空が澄んでいるような感じがして、僕はこんな日も嫌いじゃない。
「でも毎度のことながら、美味しそうよね、言乃ちゃんランチ」
「君らは弁当という古式ゆかしい日本語を知らないのか……」
からかうように乗ってきた美早の頭をポカリと軽く叩きながら、僕はぼやいた。
鍵太郎は鍵太郎で、拳大ほどもある巨大なおにぎり(美早謹製)を頬張りながらけたけた笑っている。
「なに他人事みたいに笑ってるんだよ。元はと言えばお前が天澤さんにあることないこと吹きこんだことから始まった話だろ」
「ん? あることはともかく、俺はないことを吹き込んだ覚えはないけどな?」
「……もう絶対にノート貸さない」
「あー、その、なんだ、……俺が悪かった」
「仲がいいんですね」
軽口を叩きあう僕らを、どこか眩しそうな目で見やりながら、ぽつりと天澤さんが呟いた。
「ちょっと、羨ましいです」
「まあ、腐れ縁であることは認めるけどね」
鍵太郎と美早の二人に視線を向けながら、ぼやき混じりに僕は答えた。
4
まだ十六年に満たない僕の人生において、家族以外で一番付き合いの長い人間は誰か、と訊かれたら、僕は迷わずに露城鍵太郎と桂美早の名前を挙げるだろうし、この二人も同じように答えるだろう。三人とも幼稚園の頃からの付き合いだし、そもそも家の並びだって、鍵太郎の家ははす向かい、美早の家は鍵太郎の家の真裏、というご近所ぶりだ。僕らの小学校の頃には地区登校というのがあって、近所の子供たちがまとまった班になって通学するという決まりがあったから、僕はいつも、楽しげに一番前を歩く美早と、僕の隣でかったるそうに欠伸をする鍵太郎と一緒に学校へ通っていた。(そしてその後ろを、言乃がいつも不機嫌そうな表情で歩いていた)気心が知れている、という意味ではこの二人に優る相手はいない。気心が知れすぎている、というのも問題じゃないかという気もするけど。
露城鍵太郎は、本当に僕と同い年なのかと造物主を殴るつけてやりたいくらいの発育優良児で、身長だって僕の頭ひとつ分は高いし、ガタイのとおりスポーツも万能、成績だって理系を中心に高得点をキープしている(その代わり文系科目は超低空飛行だけど)、僕にしてみればもう一度造物主を後ろから殴ってやりたいような奴だ。でも鍵太郎は、その実やんちゃ坊主でだらしないところもあって、なによりカラッとした気のいい奴なので、結局のところ振り上げた拳は嘆息とともに下ろさざるをえないのだけど。(ちなみに短く刈り込んだ髪の下にある顔立ちは、他校の女の子から騒がれるくらいには整っていて、美早には内緒だが、僕がラブレターの配達人になった回数は両手を使わないと数え切れない。……ええと神様、やっぱり一度くらいは殴っても構わないでしょうか?)
そんな鍵太郎の彼女であるところの桂美早は、活発な少女、という表現がなによりしっくり来る女の子で、事実中等部時代は陸上部のエースとして県大会でも上位の成績をおさめていた。トレードマークのポニーテールを左右に揺らしながらトラックを走り抜ける姿は凛としていて、悔しいけど惚れ惚れする時がある。(屈辱的で受け入れがたい事実だが、実は僕は身長で1センチほど彼女に負けている)さらに思い出したくないことだが、僕はほんの一時期、美早のことを「お姉ちゃん」と呼んでいた時期があって──未だにそのときのことを盾にとって、美早は僕に対しては妙に年上ぶる(たしかに誕生日は一ヶ月くらい彼女が先だけれど)癖が抜けていない。
「ずっと、一緒なんですね。市ノ瀬くんたちは」
サンドイッチを口から離し、なにか貴いものを見つめるように瞳を細めて、天澤さんが呟いた。彼女が時々見せる、不思議な表情だ。
「泉城(うち)はさ」
そんな天澤さんを一瞥して、鍵太郎が答えた。
「ひよりさん──ああ、つぐみのお袋さんな──の母校なんだよ。俺の家も美早の家も両親は共働きだから、子供の頃は俺たちもひよりさんに面倒を見てもらったようなもんでさ。それでひよりさんが勧めてくれたんだ、素敵な学校だから、って」
「私立中学なんて、ってうちの親なんかは渋い顔してたんだけど、ひよりさんが根気よく説得してくれてね」
美早が続ける。実際のところ、母さんがいた頃とは学園長も代わり、教師陣も大幅に変わってしまったこともあり、手ばなしで《素敵な学校》と言いがたい部分もあるのだが、それでも自由自律を旨とする校風には好感が持てるし、各種施設も私立だけあって充実している。それに母さんの時代から教鞭を取っている先生たち──古典の柿沼先生なんかはそうだ──は、母さんが言っていたように魅力的な人が多く、母さんが通っていた頃は、たしかに素敵な学校だったんだろうな、と信じることができる。
「市ノ瀬くんのお母さま、ですか」
形のよい下あごにひとさし指で軽く触れながら、天澤さんが考え込むような仕草をした。
「……ちょっと想像できません。優しそうな人、というイメージはあるんですけど」
「ああ、簡単簡単」
にへ、という感じに美早は笑うと、さっと僕の後ろに回りこんで、
「わ」
がしっと後ろから僕の頭を固定すると、無理やり天澤さんの方を向かせた。
「ちょ、美早」
「動かない。ほら、天澤さん、つぐみの顔をじっと見て」
「? ……は、はい」
きょとん、とした表情で、それでも素直に天澤さんが僕に顔を近づける。あまりに不意のことだったので、頬が熱くなってくるのが分かった。
じ、と僕の顔を見つめながら、
「市ノ瀬くんの肌、本当にすべすべなんですね」
いっそう顔を近づけて、天澤さんが言う。そういや彼女、授業中や本を読むときは、眼鏡をかけることもあったっけ。
「……女の子、みたいです」
「それ正解」
得たり、とばかりに美早が言った。
「じゃ、そのままつぐみの髪がどんどん伸びていくの想像して。そうね──、だいたい、肩にちょっと触れるくらいの、お下げの髪」
「……想像しました」
目を閉じながら、天澤さんが答える。
「それがひよりさん。イメージできた?」
「はい」
「どう?」
「……可愛い、です」
「ああもう!」
さすがに耐えきれなくなって、僕は美早を振りほどいた。あはは、と悪びれずに美早は飛びのく。
「一度さ、つぐみの家に遊びに行ってみるといいよ。双子、とまで言っちゃうと大げさかもしれないけど、ホント可愛いお母さんだから」
「そうですね、噂の言乃ちゃんにも、会ってみたいですし」
くすり、と笑いながら天澤さんは言い、そして少しさびしそうな表情になって、そうですね、ともう一度呟いた。
「……天澤さん?」
「──やっぱり、まだ少し肌寒いですね。市ノ瀬くん、紅茶のおかわり、いかがですか?」
「あ、うん。もらう、けど」
今度は妙に明るい声と仕草で、いそいそと魔法瓶から紅茶を注ぐ。時々、彼女はこんな不思議な表情を見せることがある。僕らがふざけあっているときや、軽口を叩きあっているとき、天澤さんは時々、小さく笑いながらどこか、遠くを見ているような表情をすることがある。あきらめのような、後悔のような、羨望のような、不思議な表情。そんな天澤さんを見るたびに、なんとなくむずむずする。
「そういや、つぐみと天澤さん、晴れて同室になったんだってな」
落ち込みかけた空気を察したのだろう、ふと聞き役に徹していた鍵太郎が話題を変えるように言った。
「晴れて、ってのも変な話だけど」
「正式に合併になりました。名称は第二読書部、ということになって、部員三名で無事存続決定です」
僕のあとを次いで、天澤さんが続けた。
泉城学園の生徒は例外なく部活に参加せねばならないという決まりがあって(意に沿う部活がなければ、同志を募って立ち上げても構わない)、野放図に増えても困るので部活の存続自体にも条件がある。そのひとつが最低限三名以上の部員の確保であり、もうひとつが顧問(掛け持ちも可)がいることだ。
僕が一ヶ月前に入部した読書部(文芸部のように創作活動はせず、ただ黙々と本を読むだけの部活)は昨年は四名の人員を数えていたが、その内の三人が卒業してしまったため、時森先輩という二年生がひとり、新規入部は僕ひとりの合計二名と見事に定員割れを起こしてしまった。天澤さんが所属していた俳句部はもっとひどく、同じように先輩ひとり、天澤さんひとりという状況になってしまったどころか、その先輩は家庭の事情で転校してしまい、顧問だった先生も定年退職してしまうという事態に見舞われた。
さすがにこれではあんまりだ、と見かねた読書部の顧問であるところの柿沼先生が合併を申し出、天澤さんも了承し、昨日付で読書部と俳句部は合併し、計三名となってなんとか廃部をまぬがれた、というのが今回の顛末。(というわけで昨日は俳句部の部室──といっても書架室だけど──を引きはらい、読書部──こっちは図書準備室──に引っ越すというひと仕事だった)
「これまでは三人だったけどさ」
僕と天澤さんに視線を向けて、美早が言った。
「これからは、四人で仲良くしようよ。色んなとこ行ったり、色んなものを食べたりさ」
横目で鍵太郎を見る。鍵太郎はうなずいて、そうだな、と笑った。
「だから、改めて。友達になろうよ。あたしはもう、勝手に友達だって思ってるけど」
美早の言葉に、天澤さんはとまどうような、困ったような、そんな表情をした。深呼吸をするように、息を吸い、吐き、そして空を見上げる。
「……そうですね」
天澤さんは呟くように言った。
「もしそうなれたら、すごく、すごく素敵です」]]>
カレイド-01
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kawa-75
カレイド
1
くすんだ灰色の花が散った。
モンスターから飛び散る花の色は最低ランクの白から始まって、そのモンスターのレベルが上昇するにつれ、少しずつ黒くなっていくらしい。このリザードマンは白みを残したくすんだ灰色の花だから、マニュアルによれば15レベル前後のモンスターということになる。駆け出しにちょっと毛が生えた程度の冒険者の相手としては、ちょうどいいレベル帯といえるだろう。
「ツグミ!」
リザードマンを袈裟懸けに斬り伏せた少女──ノイズが僕の名を叫ぶのと同時に、僕の詠唱も完成した。発動した呪文は《動かぬ大地》。一定以上の確率でモンスターの移動を不能にする、土属性の中級魔法だ、呪文の発動と同時に、残った四体のリザードマンのうち三体が苦悶の声をあげ、行動を停止する。上々の結果に、ツユギがヒュウと口笛を吹き、動きを止めない残りの一体に槍を突き入れた。盾で受け止めそこなったリザードマンは大きくよろめき、がらあきになった腹を長い金髪を振り乱して瞬時に間合いを詰めたノイズが、長剣で一閃した。灰色の花が間欠泉のように吹き出し、リザードマンが断末魔の声をあげる。そろそろタイミングだ。
「二人とも、離れて!」
僕の合図に、ノイズとツユギは弾かれたように後ろに飛びすさった。次の瞬間、呪文の効果が解け、行動を再開しようとしていた三体のリザードマンの中心で光球が炸裂し、青白い炎が周囲を一瞬で焼き尽くした。僕の隣でずっと詠唱を続けていたカナリの《狂える炎》が発動したのだ。三体のリザードマンは瞬時に炎に包まれると、大きく身をよじり、やがて全身を灰色の花びらに変えて四散した。
「パーフェクト!」
ノイズの歓声に、カナリは無言でぶい、と二本指を立てた。さすがに詠唱に時間がかかるだけあって、威力も折り紙つきだ。
顔をしかめるほどでもなく、といって無味乾燥にならないよう適度に抑えられた腐臭に鼻をひくつかせながら、
「新しい階層だから少しは手こずるかと思ったが、これくらいなら問題なくいけるな」
地面に突き立てた槍に持たれかかるようにして、ツユギが言った。このメンツでクランを組むようになってから二ヶ月になるが、確かにチームプレイも堂に入ってきたように思える。ノイズとツユギが前衛、カナリが遠距離、そして僕が補助と回復。欲を言えば前衛がもうひとりほしいところだが、このバランスも悪くはない。
「ツグミはあと少しでレベルアップなのよね?」
ノイズの声に僕がうなずくと、
「んじゃ、今日はそこまで付き合いますかね」
とツユギが槍を構えなおした。カナリは相変わらず何を考えているのかよく分からない表情で僕を見ている。小柄な僕よりもっと小柄な彼女は、今日も子犬が母犬を見上げるような目つきで僕を見て、
その顔が、急にこわばった。
「ツグミ!」
ノイズが叫ぶ声と、僕の背中に鈍い痛みが走ったのは、ほぼ同時だった。カナリの息を呑む音と、ツユギの舌打ちを左右の耳で聞きながら、僕は無理やり身をよじった。傷口から赤い花が吹き出す。油断した。もう一体隠れていたのか。
リザードマンは僕の背に突きたてていた湾曲剣を引き抜くと、それを大きく振り上げた。くずれるように倒れた僕をかばうようにしてカナリがリザードマンに取り付いたが、非力な彼女はリザードマンが左手を軽く振り払っただけで、弾き飛ばされる。僕はなんとか距離を取ろうともがいたが、下半身は力が抜けてしまったように言うことをきかない。あわてて詠唱を始めるが、間に合わない。ちくしょう、こんなことだったら、高い金払ってでも《高速詠唱》のスキルを取っておくんだった。
ノイズとツユギが駆け寄ろうとするが、それも間に合わない。死刑宣告のように振り上げられたリザードマンの湾曲剣は、僕の脳天をあやまたず直撃し──
世界は、真っ暗になった。
ツグミ:ごめん、やられた。
ツユギ:いや、むしろフォローできなくてすまん。最悪のタイミングでドジ踏ませちまったな。
ツグミ:まあ、地道に取り戻すよ。
ノイズ:アイテム運は悪かったけど、銀貨はけっこう出たから、明日分配するね。ツグミが一緒の時の方がいいでしょ?
ツユギ:そうだな。
カナリ:同意。
ツグミ:それにしても参ったよ。ああいう時のために、やっぱり無理してでも《高速詠唱》は取っておいた方がいいのかな。
カナリ:《高速詠唱》は必須。
ノイズ:火力を考えれば《二重詠唱》と迷うところだけど、危機回避には必要かも。ツグミのDEFなんて紙みたいなものだもんね。
ツユギ:やっぱ、俺とノイズだけだと厳しくなってきたかね。ここはもうひとり前衛探して、後衛をフォローできるよう3-2でいくか?
ノイズ:反対反対! 今のままのメンバーで十分だよ。それにもうひとり増えたら経験値効率だって悪くなるし…。
ツグミ:僕はどっちでも構わないけど…。
ツユギ:ま、そのあたりは次にインした時でも話そうぜ。今日はもう落ちようや。ツグミ、悪いけど古典のノート、明日頼むな。
ツグミ:了解。じゃあ、おやすみ。
ノイズ:おやすみ、またね。
ツユギ:んじゃな。
カナリ:おやすみ。
ヘッドギアを外して、僕はふうと息をついた。《ゲーム》を始めてすぐの頃は、ギアを外した瞬間の現実とのラグに足元がふらつくような浮遊感を覚えていたものだが、今は軽い脱力感を感じる程度ですんでいる。これも慣れというやつだろうか。
ベッドに横になって枕元の時計を見る。時刻は1:34。今日びの高校生にしてみれば夜更かしともいえない時間かもしれないが、《ゲーム》を始める前は日付が変わる前に床についていた僕にしてみれば、この時間まで起きているというのは、ギアに慣れるより少し辛いものがあった。目を閉じると、じわりと全身に疲労感が被さってくるような感覚がある。
僕は大きくのびをすると、そっとベッドを降りた。さすがに三時間休みなしで潜っていると喉もかわく。
寝ている言乃を起こさないよう、静かに一階に降り、流し台の蛇口に直接口をつけて水を飲む。言乃に見られたら「行儀が悪い」と怒られそうだが、コップを出してまた洗うのもなんとなく億劫だった。
ふと、背後で携帯の着信音がした。ああ、そういえば上着のポケットに入れっぱなしになっていたんだっけ。
液晶画面を見てみると、メールが二件入っていた。一件は鍵太郎からで、もう一件は……送信者名に、天澤はるか、とあった。
部屋に戻り、ベッドに横になりながら、受信トレイを開く。鍵太郎の件名:「おつかれさん」を選択する。
さっきは災難だったな。とりあえず週末は一晩中付き合えるから、そこで取り戻そうぜ。じゃ、ノートよろしく。
予想通りの鍵太郎の文面に苦笑しつつ、次を開く。といっても、メールの着信履歴を見ると20:45とあるから、たぶん僕が家に帰って食事を済ませ、二階に上がった少しあとに届いたメールだろう。
件名:「放課後のこと」を選択する。
液晶に小さな文字が浮かぶ。
今日は本当にありがとう。
もう一度お礼をしたくてメールしました。市ノ瀬くんが手伝ってくれなかったら、多分夜までかかったと思います。すごく、助かりました。
だから、もう一度、ありがとうと言わせてください。
それから、お疲れさま。今夜はゆっくり休んでくださいね。
おやすみなさい。
天澤はるか
おやすみなさい、のところで胸のあたりが少しむずがゆくなる。書架室の片付けを手伝ったくらいで大げさだな、と思いながら僕は目を閉じた。口元はすこし笑っていたかもしれない。
それにしても、今日は疲れた。全身に軽い疲労感を感じながら、僕は息をついた。少しずつ、まぶたが重みを増していく。
週末はどうしようか。とりあえずスキルポイントを貯めて、《高速詠唱》を覚えるのが先決かな。ノイズが水晶剣を欲しがっていたから、かけらを集めるついでにB7Fで経験値稼ぎをするのもいいかもしれない。西側なら適性狩場だろう。カナリの相性の悪い敵が多いのはネックかもしれないけど。
ゆっくりと意識が沈んでいく。眠りに落ちる前、僕はなんとなく天澤さんの顔を思い浮かべた。控えめな笑顔。頬にかかる黒髪を弄びながら、黙々と文庫本に視線を落とす横顔を、思い浮かべた。
そして僕の意識は、今度こそ本当の暗闇に落ち込んでいった。
2
ギアテック社が開発した国内初のダイブ型オンラインゲームは、当初《仮想迷宮》という何のヒネりもないタイトルで発表され、結局ヒネられることのないまま、クローズドβの日を迎えた。
ユーザーの間ではこれまた簡素に《ゲーム》と呼称されたこのゲームは、専用のフルフェイス型ヘッドギアを使い、リアルな仮想空間の冒険を体験できるのが売りで、今は薄暗いダンジョンしか体験できないが、ゆくゆくは広大なフィールド世界の冒険も可能になるらしい。とにかく、今の段階でもそのインターフェースの優秀さ(仮想空間での動きは、現実と比べても驚くほど遜色がない)モンスター造形のリアルさ、戦闘の迫力は特筆もので、したがって前評判も高く、事実五百人枠のクローズドβには十万人をゆうに越える応募者が殺到したという。
僕はその二百倍の倍率を潜り抜けた幸運児──というわけでは全然なく、兄がギアテック社に勤めているという、いわゆるコネでクローズドβの参加権利を手に入れた。といっても、僕が頼んだわけじゃなくて、いち兄に強引にやらされたようなものなんだけど。
まあ、《ゲーム》は考えていたよりずっと面白かったからそれはいいんだけど、このゲームで少し笑える点があるとすれば、それは残酷表現の認可が下りなかったことだ。なんでも初期のデモプレーに参加した倫理協会の人間が、モンスターの流血のあまりのリアルさに吐いて失神したらしく(システム上PKもPVPも実装されているから、たしかに余りにリアルでは問題があるだろう)、以後流血表現に大幅な規制がかけられたのだという。一時は流血表現そのものの削除を要求されたという話だが、これには開発陣が猛反対したらしい。どれだけリアルに形作られていても、血のひとつも流さないのでは臨場感に欠ける、という彼らの主張と倫理協会の衝突は不思議な妥協案で一応の解決を見た。
なぜそういう経緯になったのかは分からない。
ただひとつ言えることは、今やこの演出こそが《ゲーム》を印象づける大きな要素になっているということだ。なにしろ、《この世界》では、吹き出る血の代わりに、花が宙を舞うのだから──
「ケチャップ」
言乃の高い声が耳を打って、僕は起きぬけのぼんやりした気分のまま、うん? と返事をした。なんとなく頭にまだもやがかかっているような、頼りない感覚がする。
「つぐみ。ケチャップ」
言われて手元を探そうとするが、ケチャップらしき瓶は見当たらない。言乃はそんな僕を見て溜め息をつき、白い指をすいとのばして僕の口元をぬぐうと、
「ついてる」
と言ってそのまま口にふくんだ。ああ、ケチャップってそういうことか。
「そんなに眠いなら、もっと早く寝ればいい」
どこかムスッとした感じで、言乃が言う。元々低血圧で朝に弱い僕だが、このところ《ゲーム》で夜更かしを続けていることもあって、最近はとみにボロボロだ。世話好きというより、僕の保護者をもって任じている言乃がいなければ、歯を磨きながら二度寝してしまうくらい、平気でやってのけたことだろう。
言乃は不機嫌そうにトースターからきつね色に焼けたトーストを取り出し、丁寧にバターを塗って僕に差し出した。背も体つきもコンパクトな割に、言乃の表情はいつも大人びている。言葉づかいは中学二年の女の子とはとても思えないほど老成してるし(このあたりはいち兄の影響かな。それ以前に女の子らしいとは言えないけど)、母さんに似てどこか頼りげのない(とは言乃の弁)僕よりもずっと落ち着きがあって思慮深い。耳にかかる部分だけを編みこんだセミロングの髪と、端正な顔だち、桜坂のブレザーにエプロンをかけた姿は、兄バカで恐縮だけど、肉親の贔屓目を抜きにしても可愛いと思う。
というわけで文句なく自慢の妹なのだが、本人は妹であるという意識はほとんどないようで、いつも「つぐみはしょうがない奴だ」と言いながら僕の世話を焼き、僕は不本意ながらそんな言乃に毎日世話を焼かれている。言乃にとって僕は兄というより、手のかかる弟のように映っているのかもしれない。三歳も年上だってのに、情けない話だけど。
市ノ瀬つぐみ、というのが僕の名前。
女の子みたいな名前だと昔はよく馬鹿にされたけれど、本来は次実という字を当てる、父さんに言わせればれっきとした男の子の名前だ。(兄の名前が一弥だから、次男という意味で《次実》と付けたのだと思う)平仮名の方が他人に覚えてもらえる、と母さんが《つぐみ》で届けてしまったため、以後つぐみちゃんと馬鹿にされること久しかったが(僕は背格好も顔もとことん母さん似なので、昔はよく女の子と間違えられたのだ。いち兄と言乃は父さん似なんだけどね)、僕自身はつぐみ、という響きはけっこう気に入っている。
「つぐみ」
正確には誰かが僕をそう呼んでくれる響きを、気に入ってるのかもしれない。
「つぐみ」
「? あ、うん、起きてるって」
はむはむ、とトーストを齧りながら答える。やっぱりどうも朝は苦手だ。ちなみに母さんはきっと今も夢の中だろう。
すでに食事を終えた言乃は自分の食器を流し台に片付けながら、「あまり、夜更かしはしないほうがいい」
そう呟いた。食器を洗う水音が、それに続く。
「いや、出来れば早く寝ようとは思っているんだけどさ」
言乃が淹れてくれていた冷たい紅茶を飲みながら、答える。ようやく、頭の中がすっきりとしてきた。
「ほら、いち兄の会社で開発してる新作のゲームあるだろ? あれのモニターを頼まれてるんだよ。時間はどうしても夜しか取れないから、寝る時間も遅くなるわけで──」
「まあ、いち兄の手伝いなら仕方ないが」
エプロンの胸元で水を切りながら、言乃が言う。こいつ、昔からいち兄に対してだけは素直なんだよな。
「つぐみ、時間だぞ」
言乃の声に壁の時計を見やると、時刻はすでに7:30を指していた。たしかに、そろそろ頃合の時間だ。ちなみに僕の通う泉城学園と言乃の通う桜坂女子は距離的に15分ほどの差異があるため、いつもそれくらい早く僕の方が先に出ている。
「おっと、じゃあ、行って来る。言乃、今日も弁当ありがとな」
言乃の作ってくれた弁当の包みを鞄に詰めて、僕は椅子を立った。使った食器を流し台まで持っていって言乃に手渡すと、言乃は素っ気なくうなずいた。
「ああ、ちょっと待て」
踵を返そうとした僕を言乃が呼び止める。
振り返った僕の方に言乃は歩みよると、そっとワイシャツの襟元に手をのばした。
ネクタイがずれていたらしく、器用に歪みを直していく。
小柄な僕の目線のずっと下に、言乃の顔はあった。こういうとき、改めて言乃は小さな女の子なんだなと僕は実感する。まったく、兄としていつまでも甘えてはいられないな。
ふと、言乃の目じりが、ほんの少しだけど赤く腫れていることに気づいた。その疑問を僕が問いただそうとするよりも早く、
「ほら」
とネクタイの乱れを正してくれた言乃が、僕の肩をそっと押した。さりげなく表情をうかがってみたが、べつだん、いつもと変わらない感じだ。そういえば今日は言乃にしてはめずらしく、小さく何度か欠伸をしていたっけ。また小難しい本に熱中して、ひと晩中読みふけったりとか、そういうことかな。
「ほら、そろそろ本当に時間がなくなるぞ」
ぼんやりと立っていた僕に、言乃がそう声をかけた。
「ん、それじゃ、行ってくる」
「ああ」
言乃に見送られながら、居間のドアノブに手をかけた僕は、もう一度振り返った。
どうした? という表情をする言乃に、
「ありがと、言乃」
僕はそう声をかけた。
「聞き飽きたよ、その言葉は」
それでもどこか嬉しそうに、言乃は笑った。
]]>
人物紹介
http://ichituki.exblog.jp/4126495/
2006-02-01T12:44:00+09:00
2011-03-16T12:50:04+09:00
2006-07-11T12:52:00+09:00
kawa-75
人物紹介
年齢:15歳(泉城学園高等部1-D)
身長:157cm 体重:44kg
容貌:やや伸ばし気味のやわらかそうな黒髪、黙っていれば10人中6、7人くらいには女の子に間違われそうな小柄な体と可愛らしい顔立ち。あくびをするとまるで子猫のよう。(天澤はるか談)
備考:父の数登(大学助教授)、母のひより、兄の一弥、妹の言乃の五人家族に囲まれて育つ。ひよりと言乃の熱心な教育方針のもと、まっすぐな男の子として成長中、のはず。(時々持って回ったような言い回しをしたり、物事を穿った見方で見ようとしたりするのは、兄、一弥の影響)文系科目は比較的得意だが、理数系はやや苦手。運動神経は中の上といったところ。第二読書部所属。
天澤はるか/Haruka Amasawa
年齢:15歳(泉城学園高等部1-D)
身長:155cm 体重:41kg
容貌;腰まで届く長い黒髪に、お嬢様然とした端正な顔立ち。ぎゅっと抱きしめたら壊れてしまいそうな雰囲気。(桂美早談)
備考:つぐみのクラスメートで隣の席の女の子。同じく第二読書部に所属。つぐみに出会うまではめったに笑うことがなく、その容姿から異性の人気は高かったが、遠巻きに見られているだけで、あまり他人との積極的交流はなかった。成績は上の中。運動神経は中の下。意外にドジでお茶目なところもあるらしい。わざわざ遠くの街に(その店でしか入らない)茶葉を買いに行くほどの紅茶好き。
市ノ瀬言乃/Kotono Ichinose
年齢:14歳(桜坂女子学院中等部2-4)
身長:144cm 体重:33kg
容貌:耳にかかる部分だけを編みこんだセミロングの髪。幼い中に凛とした綺麗さを感じさせる少女。
備考:つぐみの二つ下の妹。自他共につぐみの保護者をもって任じている。基本的に家族以外の人間に対してあまり興味がない。目上の人間には敬語、そうでない相手には男の子のような口調で話す癖がある。本人はクラスから浮いていると思っているが、クラスメートからは小柄な体に凛とした古風な性格、というギャップゆえに(女子校という環境もあり)、遠巻きながらも隠れた人気と尊敬を集めているらしい。尊敬する人間は長兄の一弥。色々な意味でいちばん気にかけているのは次兄のつぐみ。和食が得意でかなりの凝り性。
露城鍵太郎/Kentaro Tsuyugi
年齢:16歳(泉城学園高等部1-A)
身長:183cm 体重:77kg
容貌:短く刈り込んだ髪と広い肩幅の、一目で分かる健康優良児。整った顔立ちの中にやんちゃ坊主な雰囲気を残していて、いかにも女の子に人気のありそうな風貌。
備考;つぐみの幼なじみで、物心がついたときからの付き合い。スポーツ万能で頭も切れ(でも文系科目は超低空飛行)、二枚目で気さく、とかなり非の打ち所のない親友。たまに二人で街に出かけたりするとけっこうな確率でカップルに間違われることがあり、そのたびに不機嫌になるつぐみを見るのが楽しいらしい。要は気に入った相手をからかうのが好き。(そういう意味ではつぐみは16年間不動のNo.1)同じく幼なじみの桂美早とは彼氏彼女の関係。毎日豪快な美早謹製の特大おむすびを食べさせられていて、別にそれが嫌というわけでないのだが、言乃の手の込んだ弁当を持ってくるつぐみがちょっと羨ましい。園生会執行部庶務。
桂美早/Mihaya Katsura
年齢:16歳(泉城学園高等部1-A)
身長;162cm 体重:48kg
容貌;長い黒髪をポニーテールにした、“活発”という言葉を絵に描いたような雰囲気。つぐみより身長が1cm高かったが、現在その差は5cmに広がっている。(つぐみは未だに差が1cmだと主張しているが、美早がそれに反論しないのは武士の情け)
備考;つぐみ、鍵太郎とは物心ついた頃からの幼なじみ。どこへ行くにも三人一緒で、ご近所の大人たちを和ませていた。美早にとっては、つぐみは手のかかる弟のような存在(ちなみに小学校時代、つぐみに自分のことをお姉ちゃんと呼ばせていた。つぐみはほんの一時期、と主張しているが、じっさいのところその期間は約4年の長きに渡る)だが、鍵太郎はいつの間にか気になる男の子の地位を占めていて、それは相手も同じだったらしく、三年前、二人はめでたく彼氏彼女の関係になって今日に至る。中等部時代は陸上部に所属、それなりに高い実績を残していたが、思うところあったのか、特大おむすびを反省しているのか、高等部に入ってからは料理部に所属。和食よりは洋食派。5つ歳の離れた姉がいる。(大学院生)
時森泉角/Izumi Tokimori
年齢:17歳(泉城学園高等部2-B)
身長:185cm 体重:71kg
容貌;すらりとした長身、黙っていればまず美形といっていい顔立ち。(市ノ瀬つぐみ談)どこか癖のある切れ長の瞳と、野心ありげな口元の笑みが印象的。
備考;市ノ瀬つぐみ、天澤はるかが属する第二読書部の部長で、学内屈指の秀才。地元に隠然たる勢力を保つ旧家の御曹司…なのだが、とてもそうは思えないトラブルメーカーぶりを発揮し、学園内に多くの逸話を残している。座右の銘は「退屈は敵」。妹がひとりいて、兄とは正反対のよく出来た女の子らしい。
八重坂六菓/Rikuka Yaezaka
備考:泉城学園園生会執行部会長。(生徒会長)家柄、才色ともに群を抜く、自他共に認める泉城の女帝。時森泉角を目の敵にしている。
市ノ瀬ひより/Hiyori Ichinose
備考;つぐみ、言乃の母。40代前半と思われる年齢のはずなのに、異様に若く見えるちんまりと可愛らしいお母さん。(大してエネルギーを消費してないから老化しないんだ、とは長男一弥の説)つぐみの髪をのばしてお下げにするとひよりさんになる、と美早が冗談まじりで言うほど似たもの母子。
市ノ瀬一弥/Ichiya Ichinose
備考:つぐみ、言乃の兄。いち兄。国立大を優秀な成績で卒業し、なぜか一年ほど世界各地を貧乏旅行で回ったあと、ギアテック社に入社。《仮想迷宮》の開発に携わる。つぐみの自慢の兄で、言乃や鍵太郎が尊敬するお兄さん。
柿沼先生/Kakinuma
備考:つぐみの担任で、第二読書部顧問。定年間近の古典教師。やさしいお爺ちゃん先生として生徒の人気は高い。実はひより、一弥の担任でもあった。
《ゲーム》
ツグミ/Tsugmi
プレイヤー:市ノ瀬つぐみ
種族:人間 属性:土 Lv:19
スキル傾向;土属性魔法
ツユギ/Tsuyugi
プレイヤー:露城鍵太郎
種族:人間 属性:無 Lv:21
スキル傾向:近接戦闘
ノイズ/Noise
プレイヤー:???
種族:人間 属性:無 Lv:20
スキル傾向:近接戦闘
カナリ/Canali
プレイヤー:???
種族:人間 属性:火 Lv:19
スキル傾向:火属性魔法
シズ/Shizu
プレイヤー:???
種族:獣人族 属性:水 Lv:26
スキル傾向:近接戦闘、スカウト、水属性魔法
クイ/Qui
プレイヤー:???
種族:人間 属性:無 Lv:28
スキル傾向:近接戦闘、風属性魔法 ]]>
用語解説
http://ichituki.exblog.jp/16061532/
2006-01-16T12:52:00+09:00
2011-03-16T14:44:38+09:00
2011-03-16T13:11:37+09:00
kawa-75
用語解説
HP
生命力。0になると死亡、最後にセーブした地点に戻され、LIFEを1ポイント失う。(一定時間内に蘇生(アイテム、魔法などで)すれば、LIFEの減少は防げないが、その場での復活は可能)アイテムやスキル、魔法で回復可能な他、一定時間行動しないでいると、徐々に(1%/s)回復する。
AP
スキル、魔法などを使用するためのポイント。アイテムで回復可能な他、一定時間行動しないでいると、徐々に(1%/s)回復する。
LIFE
LPとも。全キャラクターに等しく10ポイント与えられ、0ポイントになるとそのキャラクターは消滅、ユーザーは《ゲーム》へのログイン権利を失う。空いた権利は待機している次のユーザーに移譲される。アイテム、スキルなどでの回復は不可能。
ATK
物理攻撃力。基本的にSTR+使用武器の攻撃力の合計値。
DEF
物理防御力。基本的にVIT+装備品の防御力の合計値。
MATK
魔法攻撃力。基本的にINT+魔法発動体(杖など)の補正値の合計値。
MDEF
魔法防御力。基本的にINT+装備品の補正の合計値。
STR
筋力。ATKの増減に関係する。
VIT
体力。HP、DEFの増減に関係する。
AGI
敏捷性。攻撃回数、回避、移動力などに影響する。
INT
賢さ。TP、MATK、MDEFの増減に関係する。
DEX
器用さ。命中、スカウト系スキルの成功率、使用武器制限などに影響する。
SP
スキルポイント。1レベル上がるごとに10ポイント獲得。SPを消費することによって、各スキルを取得可能。
PP
パラメータポイント。1レベル上がるごとに10ポイント獲得。PPを消費することによって、各パラメータを上昇可能。]]>
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